AuthorSassy

たらま島一周マラソン2019、と・・・

 ども。sassyです。
なんか最近定番になりつつある、「書こうかなー、書きたくないなー」という気分で、やっぱりレースレポートを書こうと思います。どうも長年の習慣か、書かないとふんぎりがつかないようで。

 今回のたらま島一周マラソン(23.75km)、察しの通り、バッドレースだったわけで(グッドレースだったら喜んで3日以内に書く)、しかもそのバッド加減の中途半端で地味でスッキリしない感じがまた、書くのをためらわせたのである。
先に結果から申し上げると、総合4位、タイム1時間49分。比べて、昨年が総合3位、タイムは1時間51分。1年かけて、一分半ほどタイムを詰めたが、順位は一つ落としたという結果。

 総合4位!すごいじゃない!というご意見もあるが、これは都会のマラソン大会とは違って、選手60名程度の規模、しかも宮古からさらにフェリーで3時間という土地柄、「勝ちに来てる」タイプの選手が極めて少ない大会。この一年、真っ当な社会人ならドン引きするほど、ランニングに 魂を捧げてきた人間として、表彰台すら逃したのは、無念の一言である。

 見どころ少ないレース展開だったが、ざっくり解説してみたい。
スタートは正午。
この大会は、大半の選手がフェリーで当日入りするため、船の到着を待ってスタートする。この時点で、選手への心遣い、ウェルカム感がすごくて、「去年はありがとー!今年も来たよーー!」と叫びたくなる。港には村営の無料シャトルバスがお迎え。歩ける距離なのにw それから役所で ゼッケンと支給品を受け取って、着替えて、準備体操して、開会式見て、アップして・・・というゆとり具合!これぞ、ザ・離島大会だと思う。

多良間のご婦人たちが炊き出し中。ゴールが楽しみ♪

 号砲と同時に、何人かの選手たちが飛び出し、先頭集団ができる。10人には満たない。スタートはオーバーペースで始まるのがマラソン大会の定番だが、あえてくっついて行く。今年の大会、昨年の1位、2位が不在の上、知名度の高い(つまり速い)宮古選手がほとんどいない。選手の多くを 宮古人が占める大会である。昨年、タイムは平凡でも、3位に入った自分としては、もしかして優勝を狙えるのでは、という希望的観測があった。だいたい、知り合いに顔を合わせるたび、「今年は優勝できるぞ!」なんて言われるもんだから、ついその気になってしまう。

 が、数々の失敗レースの経験から、序盤のオーバーペースはとにかく避けたい。後半で追い上げるのが自分の勝ちパターンでもある。序盤に飛び出した選手の内、1kmほどの間に、僕の前を走っているのは5人まで絞られた。最初の500mほどは、3分30秒台/km。これは僕にとってはスプリントペース。
押さえて押さえて、と自制して、最初の1kmは 4分6秒まで落とした。これでもまだ速いので、さらにもう少し落とす必要がある。そのパターンで追いつかないのなら、相手は手に負えない実力の選手だということだ。

 数km進む内に、僕の前を走っていた選手がひとり落ちてきた。そうであろうそうであろう。このペースで走りきれるのは(この大会では)多くあるまい♪ ・・・が、ひとりだけだ。その一人前の選手とは、縮まる気配がなく、先頭で(僕には)無謀と思えるペースで突っ込んでいった選手は、 先導車のパトカーまで含めて、完全に視界から消えている。この時点で「あー、優勝のセンは薄いな」と思う。

 気づけば周りに選手の気配はなく、はるか前方にかろうじて視界に捉えられる3位の選手がいるのみ。ときどき、沿道にFMみやこの実況中継ポイントがあり、通過する選手のゼッケンを確認しつつ、それをラジオで実況している。ラジオ放送は拡声器を通して、選手にも聞こえるようになっている。
僕が通過したとき、「4位の選手が通過!!トップとの差は約6分!!」というのが聞こえた。中継ポイントを通過するたび、その時間差は広がっていく。あーあ、追い上げるどころか、引き離される一方・・・

 そして15kmが臨界点だったらしい。そこまで必死で耐えて、4分20秒~30秒ペースを維持してきたが(それでも遅いけど)、ついに横隔膜の硬直が来た。僕は不調時やオーバーペースでよく発症するが、いわゆる脇腹痛の一種だと思う。これはもう脚に釘がささったようなもので、ペースとか そういう問題でなくなってくる。タイムロスを覚悟して、一度立ち止まり、呼吸を整え、お腹をマッサージする。痛い。もうやめたい。もう3位の選手は見えない。だが、僕の後続もまた見えない。ここから完走して得るものは少ないが、リタイアして失うくらいのプライドはある。
とにかく、、やりだしたことをまとめるしかあるまい。

 渋々走り出してはみたが、やはりペースは大きく落ちた。もう順位なんて、、と思いつつも、後ろが気になって度々振り返る。1kmが長い。なんでこうなっただろう、なんて考えても、なんの足しにもならない。そうやって、意識朦朧としながら、なんのご褒美も期待せずにじりじりと走り続け、、どうにかこうにかのゴール。抜かれずに順位をキープしたのは、ただのラッキーだったと思う。あーー。ボロボロだった。まぁ投げ出さなかったことだけは評価してもいいだろうか。

多良間の山羊そば
一杯で、ビール3本は軽くイケる

 レース後の山羊そば(炊き出し)が旨かった。

やぎそば、中身たくさん
今年のそば・・・やけに中身(内蔵)多くない?

 その後に続く懇親パーティは大いに盛り上がり、いろんな人と飲んで(飲みすぎて)、楽しすぎて、何を話したか、よく覚えていないw 良い大会だと思う。

走ったら飲む♪際限なく入ってしまうので危険。。

 さて、レースから1週間ほど経ち、喪失感から立ち直りつつある現状でふと思う。いったアレはなんだったのだろう。その前のエコマラソンも含めて。いや、単純にカラダができてなかったとか、具合が悪かったとか、そういうことではない。戦い方の話だ。
我慢して我慢して、自分を抑え込んで、それで勝ったなら、それは結構。アスリートにとって、勝利は正義だ。が、負けた。我慢して我慢して、自分を抑え込むレースを展開して、負け。この無念さが喪失感を生んでいるのではなかろか。
どうせ負けるなら、やりたいようにやって、小細工無しで目一杯ぶつかって、やっぱりぶっ潰れて、それでも地を這う思いでなんとかゴールまでたどり着いて・・・の方がいいんじゃないのか。
いや、少なくとも、自分の、僕自身の生き様だったんじゃないのか。ランニングに限らず、そうやって半生を過ごしてきて、今の自分があるんじゃないのか。賢く、堅実に、保険をかけつつ・・・という現代人的な人生観を嫌っていたんじゃないのか。

 安定感のあるランナーに憧れてきたが、開き直ってみようかと思う。レースの3回に2回は潰れてもいい、でも残りの1回で必ず自己ベストを出す。そうだ、このスタイルでいいんだ。思えば、かつて麻雀でもそういうスタイルだったっけ。そしてそれって、結構ライバルから恐れられるのよねw

 6日後に、今シーズン前半の勝負レースと位置づけた、NAHAマラソンが控えている。今シーズンは、どうやら心身ともに出来上がっていない以上、無難にまとめる走りをするしかないと思っていたが、変更しよう。玉砕前提で、自己ベストを狙う!そして、たとえ潰れても、完走だけはする!
よく、「次につながるレースをしろ」というが、僕にとっては、コレがそうなんじゃないかと思う。
 
 なんだかスッキリした。今日はよく眠れるかも。ではおやすみなさい。

たらま島一周マラソン
来年は優勝しに来たい。

戦友たちを紹介します

 ども。sassyです。最近、新しくレース用シューズを買おうかどうか散々迷った挙げ句、先日ポチった。
思えばたくさんのシューズを履きつぶしてきたなぁ。ふと倉庫の一角を見ると、 片方ずつ になった、殉死したシューズたちが目に入った。そういえば、なにか研究の役に立つかもしれないと思って、一部を捨てずに取っておいたんだった。今日はそんなガラクタ戦友たちを紹介します。

長らく愛用してきたビブラムたち

 左から、
ビブラム6代目(V-RUN):702kmで殉死
同8代目(V-TRAIL):637kmで殉死
同9代目(V-RUN):2060kmで退役
同10代目(V-RUN):460km現役

 みんな、小指の付け根を削り取られて死亡。9代目以降、「シューズドクター」による補修を考案した結果、生存率が劇的に向上。

 このひとなんて、傷口以外ピカピカなのに。だが、一度穴が空いてしまえば、もう補修は間に合わない。惜しいことをした・・・

 ビブラムの中で、初めて殉死せずに引退した9代目。弱点を補修し続けた結果、あらゆる場所がボロボロになるまで働いてくれた。例の小指付け根部分は、もう紙同然。ありがとう。世話になった。

 2年ほど前から、レース用に投入したニューバランス、HANZO-S
左が初代(1614km)、右が二代目(439km)。
二代目購入と同時に、初代は練習シューズに格下げされたが、それも退役目前。

 下が初代、上が二代目。
初代はビブラム同様、補修を繰り返して、すでに満身創痍。踵を負傷してビブラムで走るのがしんどくなって以来、特にがんばってくれた。
ニューシューズが届いたら、初代は引退、二代目は練習シューズに格下げかな。どちらのシューズも、たくさんレースを走って、ベストを出したり、ぶっ潰れたり、思い出たくさん。名残惜しい。 

 こうしてみると、随分たくさんシューズ買ったんだな―。ちなみに、走行距離の計算は、stravaのMyギアという機能を使っている。シューズを登録しておいて、練習後に、どのシューズで走ったかをポチっとするだけで、集計してくれる。使用済みシューズもデータとして残しておけるので、久しぶりに一覧を眺めると、すっごく懐かしい気分に。strava人口、なかなか増えないけど、そろそろ来年あたりブレイクするんじゃないかなw

ではまた。


エコ(?)アイランド宮古島マラソン2019

 ども。sassyです。毎度の定番ですが、シーズン開幕戦の模様をレースレポートで。

 朝5時半に起床。9時スタートなので、気持ちとカラダを十分に目覚めさせておくため、早めの起床だ。今回は長女も5kmの部で走るので、張り切って早起き。おかげでこっちもやりやすい。しかし今回は睡眠に異常が。。。なんと、前夜に眠れたのだ。10年ほどマラソンをやってきて、レース前夜に眠れた試しはほとんどない。もうそういうものだと割り切っていた。これは吉兆か、凶兆か・・・。

 朝食を取って、荷物の最終チェックをしながらも、なかなか目が覚めてこない。アドレナリンが出てないというか。そして、まさかの二度寝。どうにもこうにも、頭の芯が痺れたように眠くて、椅子に座ったまま30分ほどうとうとしてしまった。これはヤバい。すでに思い当たるフシはあるのだが・・・それは長くなるので別の機会に書こうと思う。

 なんだかふわふわした気分のまま、会場入り。自宅で済ませてくるはずだった、筋膜リリースなどもすっぽかしてしまった。雨のパラパラする、どんよりした空。例年の酷暑にくらべれば、環境はマシだ。
とにかく、ここまできたらあとは走るだけ。今回のテーマは自己ベストではなく「強くあること」。そういう意味では、逆境でも問題ない。

 予定通り9時に号砲、今回は暴走しないために、少し後ろにスタート位置を取った。が、それもよくなかったらしい。前列以外がこんなにもスロースタートだとは!渋滞をすり抜けるのは案外疲れる。とにかく最初の10kmを重視して、おそすぎない程度に慎重なペースを刻む。去年はここで 暴走して、ほんの15kmでペチャンコになってしまった。自分のカラダと向き合いながら、適正ペースを慎重に選択していく。

 数キロ先で、「石仏」けんけん堂とすれ違う。なんだかテンション低めだ(彼は先週から2連戦)。前半で僕が先行するのはお決まりのパターンなので、いくらか言葉をかわしてサヨナラ。レース中にもう一度出会うときは、きっと死神として現れるに違いない。例年、気温が28度を記録するこの大会。経験者たちはわりと慎重に走り出しているようだ。

 5kmほど走ったところで、ふと頭に「残り37kmか・・・」という思考が浮かぶ。そして次の瞬間、「ああ。このレース、敗戦処理になるな」という確信に近い思いに至る。ペースは悪くないし、無理もしていない、当然苦しくもない。それなのに、序盤で残り距離の計算するなんて、 なにかとても悪いことが始まっているに違いない。

 速くもないが特別遅くもない、苦しくはないが、ラクでもない、もやもやとした感じで20kmほど走ったあたりで、いよいよ身体に異変を感じ始めた。
(あ。。コレ、ガス欠じゃん)
レース1週間前から、食生活の「ある実験」をしていたのだが、それが仇となったようだ。もちろん、リスクは覚悟した上で、勝負レースに向けての情報収集としてのことだったが、ここまで露骨に悪くなるとは思っていなかった。
脚も呼吸もまだ余裕がある。それなのに、身体に力が入らない。普段は、補給食を摂れば、全身にエネルギーが満ちていく感触があるのだが、今回はそれもない。気づけばすでに、キロラップで20秒は失速している。

 最後の折返し付近で、一気に天候が崩れ、土砂降りに。目を開けているのが辛い。雨自体は別にどうということはない。涼しくなるし、ウルトラマラソンと違って、短期決戦のフルマラソンでは、自律神経の消耗を気にしなくていい。ただひとつ。後方で、あの石仏が大喜びしている姿が脳裏に浮かぶ。悪天候で本領を発揮する彼のことだ。今頃、水を得た魚のようにテンションを上げていることだろう。逆にこっちはお先真っ暗。逃げ切れるのか???

 30kmのあたりで、ついに歩いた。もちろん、頭の中でなんども計算していた。石仏との差が1kmとして、歩いたら10分、止まったら5分くらいで追いつかれるだろうか。とにかく脚を止めるな、と。しかし、絶望感で精神的に参ってしまった。
(なぜこんな体調で走らなきゃならない??)
(いや、ここでたとえ歩いても、なんとか立て直して、レースをまとめるのだ・・・)
(まとめるったって、キロ7分とかで走り出して、まとめたことになるのか??)

 そしてほぼ予定通り、死神が来てしまった。いやー、計算力高いな、自分w
フラフラで走っている僕の横に石仏が並んだ。
「いやー、追いついちゃったね☆」
ああ、ついにきたか。
反射的に出た回答は
「あー、俺はダメダメだー、先に行ってくれよ」
というところだった。
普段無表情な石仏がニヤリとしたのが見えた。

 さて、彼が僕の脇をすり抜けた直後、何かが変わったようだ。
ライバルに弱音を吐いて、憑き物が落ちたのかもしれない。
(うん?ホントにこれでいいのか??)

—-その間約0.5秒—–

緊急自分総会招集。

自分A「おいおいおい、このパターン、あとで悔しくてゲロ吐くやつだろ!なんとかしろよ」
自分B「んなこと言ってもよ、全部売り切れだよ、うちの商品は。脚も、スタミナも、気力も!!」
自分C「それは違うんじゃないか?売り切れたのは燃料だけだろ。もう一度システム総チェックしろよ」

・・・・・代謝系システム以外、ハードウェアに異常無し!
・・・・・メンタルシステムにエラー!再起動を行います!
・・・・・メンタル再起動、過去30km分のメモリーを凍結アーカイブの後、表層意識から削除します!

全会一致「よっしゃ、ダメ元で追撃するぞ、これ以上失うものはない!!」

—-その間約3秒—–

残り10km、ここからだ!
絶好調で走り出したとしても、30km以降は例外なく苦しい!つまり、いつもどおりだ!燃料なんかいらん。身体を燃やして走る!

 幸い、石仏の背中はまだ1mしか離れていない。嫌がらせでもあおり運転でもいいから、へばりついてやる。ラスト2kmまでくっつけば、スパートの脚力では負ける気がしない!

 彼にくっついたために、キロ1分ほどペースを上げたことになる。が、案外平気だ。うむ。やはり終盤は気持ちだな。この勝負、勝ちたい気持ちが強いほうが制するのだ!
しばらくして、石仏はエイドで減速して給水に入った。思ったよりもしっかり減速したので少し驚いたが、僕は走りながらの給水で再び前に立つことに。
もしかしたら、後ろに付かれるのを嫌ったのかもしれないが、それならそれでよし。再び抜かれたときにまた張り付いてやるだけだ。残りの距離が短くなるほど、条件は有利になる。

 残りは5kmほどになり、急な下り坂へ。最近、下り坂は大好きだ。体力をセーブしながら、大いに速度を稼げる。フラフラで走っていたはずが、まるで空を舞う気分だ。
ふと、「自分は鳥だ」という思考がよぎる。
石仏は獣。鳥の羽根が折れれば、地上では無力だ。だが、鳥が飛び続ける限りは、獣に追いつかれることはない。

♪♪ああ、人は、昔々・・・鳥だったのかもしれないね・・・こんなにもこんなにも、空が恋しい(中島みゆき)

 ああ、いい感じに意識も混濁してきた。あとは飛び続けるか、墜落するか、ただそれがあるだけだ。
その間も、前方で失速した選手たちをひとりひとりと拾って順位を上げていくが、どうせ石仏は同じように上がって来ているだろう。
安全圏に入ったと思ったら、多分負ける。少なくともトラック(ラスト300m)までは!!

 残り1kmあたり、コースが左折するタイミングで後方に目をやった。やはりいる。が、目測で100~150mは離したか。時間にすると少なく見積もって30秒。1kmのロングスパートで30秒詰める体力を残しているなら、ここまで開く前に、もっと早い段階ですぐ後ろに詰めてきていたはず。
おそらくはほぼ安全圏。だが、ここでダメ押しだ。こちらがここで10秒上げれば、もうついてくることはあるまい。そうだ。強さを示すのだ!!!

 フィニッシュタイムは3時間45分。
去年リタイアした同大会を除いて、この2年でワースト記録。
速さの面では完全に落第だが、第一テーマに挙げた「強くあれ」には合格だ。
ありがとう、石仏(拝)
ひとりだったら4時間オーバーしてたかもしれない。

 それにしてもこのレースは難しい。
開幕戦で酷暑。
今まで6回くらい走って、うまく行ったのは一度だけ。
次出るなら、甘く見ないでちゃんと対策しなきゃなぁ。

 さて、次は2週間後のたらま島一周マラソン(23km)、その2週間後に、シーズン前半の勝負レース、那覇マラソン(フル)!
一年で一番楽しい季節が始まるぞ♪

またレポートします☆

※写真は石仏けんけん堂の奥様からいただきました。ありがとうございます。


強くなりたい

 ども。sassyです。月並なテーマですみませんw4日後に開幕戦(通称・エコマラソン)を控えて、今期の抱負など少し語ってみようかと。レース後だと、後出しジャンケンみたいになるから。

 去年の開幕戦は最悪だった。僕の競技史上、ワーストだと思う。怪我をして練習不足だったにもかかわらず、「怪我しなかった場合」の想定目標を捨てきれず、無謀に突っ込んで、15kmで自滅。今でも思い出すと、苦いものがこみ上げてくるようだ。

 僕もこの10年、たくさん走って、たくさんレースにも出たと思う。振り返ってみて、「いいレース」と思えるのは、割と少ないし、必ずしも自己ベストを更新したレースでもない。今年の3月に、フルマラソン自己ベスト(3時間8分)を出したが、内容はイマイチだった。突っ込みすぎたのに、運良く潰れなかっただけ。逆に「悪いレース」の方は、簡単に定義できる。「できること」と「できるはずのこと」を取り違えた場合がそれだ。

 去年のエコマラソンはまさにその典型で、「怪我で休養していたけれど、それまでに積んできた練習からすれば、このくらいのタイムは出せるはず」という思いでペースを設定し、30分も走らないうちに無理があることに気づいたはずなのに、冷静さを欠いたまま玉砕。なぜこういうことになるのかというと、そこに「弱さ」があるからだと思う。現実を直視すること、負けを認めること、努力の方向が間違っていたと認めること、こういうことは辛いことだ。勇気がいると思う。その勇気がないことが、弱さではないか。自分を信じられないから、設定タイムにしがみつくのではないか。

だから!タイムに執着しすぎなんよ!!

 長距離アスリートたる者、「速くなりたい」と願うのは当然だと思う。僕も一応、年々自己ベストを更新してはいる。が、客観的に評価して、僕の場合は「ツボにハマれば速い」というタイプなのではないか。そんなサイコロ博打みたいな選手では駄目だ。尊敬すべき先輩アスリートたちは、年を重ねてスピードは落ちたとしても、強さには陰りがない。コンディション不良や怪我をかかえてのレースも、終わってみればそつなくまとめている。(悔しいが、年下の某石仏氏もそのタイプだ)

 今期は、結果(タイム)に執着するよりも、強いアスリートたることを目指そうと思う。結局はそれが、好タイムへの最短コースになる気がする。急がばまわれ。近道らしき藪に駆け込むのをやめよう。

ではまた。


息切れの正体

 ども。sassyです。この10日ほど気管支炎に悩まされていたけれど、ようやく治ってきたようだ。さかのぼって調べてみると、この数年、4月と10月に必ず気管支炎になっている。シーズン開幕直前と、トライアスロン直前だ。なんて面倒な持病・・・

 さて、今回は久しぶりに、オヤジの研究メモ。「息切れ」について。思い切り走ると、息が切れる。ぜぇぜぇいって、ほんとに苦しい。マラソンが敬遠される、最大の理由じゃないかと思う(ホントはぜぇぜぇやらなくても、サブ4くらいまではいけるんだけど、それはまた別の話として)。では、何故、走ると息切れするの?という質問に、明確に答えられる人はどのくらいいるだろう。走ると息切れする。経験則的に当たり前過ぎて、あまり考えたことがないのではないだろうか。ちなみに、今回のお話は、ある程度鍛えられたカラダ、心臓を持っている人についてなので、運動不足や持病でぜぇぜぇするのは別の話とする。

 まずは脊髄反射的に「酸欠になるから」という答えが返ってくると思うので、そこから。
酸欠で息切れがするという事例を細かく考えてみると、
1)激しい運動によって、筋肉が大量の酸素を消費する
2)血液中の酸素が不足する
3)より多くの酸素を取り込み、循環させるために、心拍数が上がる
4)それでも十分な酸素を供給できなくなり、呼吸量が増大して苦しくなる
といったところか。

 だが、この理屈だと、「一流のマラソン選手は相当な高速で走っても息切れしない」という事実を説明できない。もしも酸欠理論を真だとすると、一流選手が息切れしない理由は、「大量の酸素を消費しながらも、それを上回る酸素供給でカバーしているから」となるはずだ。(あるいは、一流選手は高速でも酸素消費を抑えることができる、特殊な体質か、ランニング技術を持っている、とも言えるが、それはまたの機会に)

 組織への酸素供給に関わっているのは主に、肺、心臓、血液。理屈として、これらにの器官に、常人の何倍もの性能をもたせることができるだろうか。おそらく、否だ。肺の容積はトレーニングで増えるというものではない。心臓はトレーニングで鍛えられるが、わりと早い段階で頭打ちになる。最大心拍数はどうがんばっても200前後だろうし、心臓(心室)の容積もいくらか大きくなるとはいえ、何倍にもなったりしない。なったら多分死ぬ。心臓の拍出能力の目安として、安静時心拍があるが、僕の場合でだいたい44くらい。トップアスリートの中でも特に低い人で、30前後らしい。スポーツしてない中年男性は65~75といったところらしい。そこまで極端な数字とは思えない上、最大心拍数と心室容積の上限を考えると、心臓のスペック自体、それほど上限は高くないように思う。血液はといえば、僕が調べたデータでは、日本人マラソンランナーと、世界トップレベルのアフリカ系ランナーで、組成にほとんど違いはなかったとのこと。以上から、一流選手が息切れしないのは、酸素供給能力が高いからである、というのは間違いだと思われる。

 ここまでは、前々から脳内実験をしてモヤモヤしていたことの裏付けを取っただけなのだが、最近、興味深い記事をみつけた。「筋肉でのエネルギー供給が過剰になると、血中に遊離Hイオンが増大し、血液の酸性化(アシドーシス)を起こす」というもの。そして、アシドーシスは息切れを起こす、とも。どうやらこっちが本命のように思う。筋肉が働いてHイオンが放出されるメカニズムは、生物学オタクでないと難解だし、僕自身、へぇなるほど、以上に理解できていないので割愛。で、このHイオンが血液を酸性化しようとする現象を中和しようとする働き(そこでは「緩衝力」と表現されていた)が、一流選手では有意に高いそうだ(このpHの緩衝という現象も、生化学大学レベルなので割愛)。できれば、この緩衝力の上限は心臓の物理的上限よりもずっと高い、という文献を見つけたかったが、さすがに専門的すぎるか、見つけても僕では解釈不能だったと思う。だが少なくとも、酸欠理論で指摘した矛盾点は、この理論では適用されないはずだ。

 ちなみに、同文献では、この緩衝力を上げるためのトレーニングについても書かれていた。要約すると(僕の解釈も含まれてしまうが)、緩衝力を使い切るくらいに強度と時間を切って走り、回復を待って、それを繰り返すとよい、とのこと。つまり、インターバルトレーニングである。アシドーシス自体は、息切れを起こすだけでなく、身体にダメージを与える(ときには致命的な)ため、アシドーシスの状態、つまり、極端な息切れ状態で、長時間トレーニングを続けるというのはよくないということらしい。インターバルトレーニングは、もちろん僕も取り組んできたが、「緩衝力の底上げ」という視点で取り組むと、やり方がいろいろ変わってくる。苦しい状態で長く走るのはNGということになり、休憩時間(ジョグorウォーク)での回復プロセスが重要になる。一本あたりの距離と強度は、緩衝力を使い切るあたり、つまり、本格的な息切れが始まってから短時間で終わるのがよさそうだ。今までは、とにかく速く、長く、苦しさに精神的耐性ができるように走っていたが、それはとても効率が悪く、必要以上に身体を痛めつけるやり方ということになる。

 うむ。軽い覚書のつもりが長くなってしまった。あと、無責任で恐縮ではあるが、裏付けや引用文献が欲しい方はGoogle先生に相談してね。あくまで個人的な練習ノートの一部なので、真似するのは自己責任でご自由に☆


全宮古陸上競技大会 2019

ども。sassyです。
どうもノドと気管をいためてしまったらしい。多分、春と秋恒例のアレルギー性(?)気管支炎。引き金になったのは、この5000mレースではないかと。。。

 

全宮古陸上競技大会

~初日・やり投げ

 ここ何年か、やり投げという競技には興味があったのだが、今年は本大会でエントリーしてもらえることに。もともと、投擲なんて高校の体育以来無縁だったし、さらに言えば、ソフトボール投げやドッヂボールでもヘロヘロの球しか投げられなかった子供時代。それなのに、というかだからこそ、というか、最近になって「投擲というやつは、きっと自分の知らない秘密があるに違いない。パワー以外に、なにかコツがあるはずだ」と思うようになり、機会さえあれば実践してみたいと思っていた。
 まぁ、やり投げなんて特殊種目だし、各学区代表選手の大会だとしても、半分くらいは自分と同じ素人だろうしねー、くらいのノリ。出場内定をもらったのが大会2ヶ月くらい前で、それからコツコツと、庭で塩ビ管(プラスチックの水道管)を投げて練習した。やり投げは地面に刺さらないとポイントが貰えないので、これが大変かなーと思っていたが、「刺さる」ってのは難なくクリア。先を尖らせてやれば、塩ビ管でも芝生に刺さるくらい。You Tubeで研究して、ダーっと助走して、エイっと投げれば、案外すんなりと飛ぶように。時々競技場でホンモノのやりを借りて練習もしたが、なかなか楽しい。うまく投げれたときは実に爽快だ。

練習中。初心者にしては悪くないと思ってたんだけど。


 さて、いよいよ大会本番。20mくらい飛べば、半分くらいに入れないかな―とか思っていたが・・・どうも集まっている選手たちのオーラが違う。いかにも投擲体型とか、マイヤリで練習してるとか・・・オイオイ、それは専用スパイクってやつですか!?一番若そうな選手と少し話してみると、「まぁ僕も一応、高校で3年間やってました」と。。一応ぢゃねぇよ、、こっちは独学1ヶ月半だょ。。イカンイカン、動揺するな、素人でも平常心を保つくらいはできるはずだ。
 結果、選手8人中二人が40mオーバー。7位で25mくらい。もちろん、8位自分。19m弱。なんかね、みんなのヤリは、投げた瞬間、ミサイルみたいに加速、上昇していく感じなわけね。バシュッ!!ギューン!!みたいな。僕のやつは、ヒュルヒュル、グサっ。心が折れかけたけど、なんとか6本投げきった。本気で6本投げると、もう全身ガタガタ。100m全力ダッシュ6本と思ってもらえればいいかな・・・
 でもなぜか、「もう二度とやらん!」とはならず、1年練習して、4位くらいに入りたい!という気持ちに。上級者たちが投げるのを見てて、あんなふうに飛んだら、さぞかし気持ちいいだろうなー、と。コツコツ塩ビ管投げることにしますw

~二日目・5000m走

 5000mには鬼がいる。名簿を見て意気消沈、やっぱり今年もいた、KY選手。宮古の主な陸上系大会にはたいてい現れて、他の選手達の心をへし折っていく実業団クラスの選手。長身を生かした、バネのある走り、ついでにイケメン。数年前に、トラック4周くらい差をつけれらて、もう逃げ出したくなった記憶がよぎる。。いやいや、あれから僕だってずいぶん鍛えたぞ。今年は・・・なんとか2周差で勘弁してもらえんかなw
 参加者は10名。トラック競技は素人なので、わからないことが多いが、動揺しないようにしないと。あ、スタートラインは、このナナメの線なのね。まぁ走り出しちゃえば、ロードもトラックも大差あるまい。
 ヨーイドンでスタート、目標はかなり欲張って20分フラット。ホントは、ここの所の練習タイムから計算すると、21分を切れたらヨシとするところ。ペース設定は、キロ4分くらい。普段、レース中に時計を気にしすぎる性分なので、今回はあえて、最低限しか時計を見ないという条件を自ら課してみた。
 トラック1周目から、飛び出していくのはやはり、KY選手と、若手実力者のO選手。カメの群れなど興味なしという感じで、ウサギ2匹がぐんぐん距離を開けていく。間隔を開けてそれについていくのは・・・自分!??なぜかみんなついてこない。おかしい、なんでみんなゆっくりなんだ??もしかして、自分がめっちゃ速くなったのか?とはいえ、先のウサギたちとの距離はどんどん開いていく。まぁいいや、と違和感を抱えたままトラックを2周半、腕時計が表示した1kmのラップは、3分27秒。やっちまった。終わったな。感覚が暴走して、スピード感が完全に狂っている。慌ててブレーキを踏むが、時既に遅し。みるみる呼吸が上がってきて、2km目のラップは3分59秒。その間、数人の選手に抜かれる。ペースを落としても、呼吸はラクにならない。ヤバイヤバイヤバイ、どこまで落ちる??多分、ひとつかふたつ後ろに、トライ仲間のM国選手がいるぞ。彼に負けるのだけは!!!
 3km目からは4分10秒以上のペースにダウン。トラックを回るたび、我が福嶺学区のテントから声援が聞こえるが、顔を向ける余裕もない。「辛いときこそリラックス。力めば事態は悪化する。顔をしかめるな、肩の力を抜け、呼吸に気を取られるな、鳥の声を聞け・・・」できる限りの幽体離脱を試みて、ようやくゴール。
 

うちの学区はゼッケン10番。毎年固定らしい。

 最後の1kmは、気力で少しだけペースを上げられた。KY選手たちとは2周回差だった(と思う)。10人中7位。一応、我が学区にポイントが貰える。M国選手には追いつかれずにすんだ。タイムは自分の時計で20分25秒。平均4分3秒ペース。こんな失敗レースではあったが、5km自己ベストw それどころか、失敗の元凶、最初の1kmは、1kmの自己ベスト。そのせいで、なんだか失敗した気がしない。むしろ、「そうか、あのペース出せるだ、自分」みたいな自信がついた気がする。

 大会後は、運営と選手たちの慰労会。地域のチームで出る大会は、こういうのが楽しい。裏方をがんばってくれるメンバーがいないと、出場自体難しい。そうやってがんばって作った大会だから、応援も必死だし、酒もうまいわけだ。

 レース展開ミスったし、ついでに気管やっちゃったけど、楽しい二日間だった。自分にはまだまだ伸びしろがあることを実感できたのが一番の収穫かな。きっといつか、あのウサギたちを狩ってやるぞ。。。

 ではまた。

(先日の訂正)
この大会、ハンマー投げと棒高跳びはナイ、と書いたけれど、実はありました。
ちゃんと選手もいるらしい。恐るべし、宮古島・・・

設営中のハンマー投げネット。仰々しいなぁ、でもハンマー当たったら死ぬからね・・・・

棒高跳びのマット。走り高跳びとはスケールが違うな。全然やりたくないけど!


みゃーく筋トレ塾とあれこれ

 ども。sassyです。

 ランニングフォームの改良、というか、新走法研究に取り組み始めてもうすぐ1年半。最近は、「カラダと動きの追求」ほど面白い遊びはないとまで思うようになった。
 人間の筋力、循環器性能、代謝能力などは、どれも限界がある。鍛えれば向上するのは確かだが、どこかで頭打ちになる。決して青天井ではない。その条件は同じはずなのに、なぜアフリカ系ランナーたちは、あんなスピードを42.195kmも維持できるのか。努力や根性なら、日本人だって負けてはいないはずだから、やっぱりカラダの使い方に秘密があるはずなのだ。
 そうこうして自分の動きをいじくり回してるうちに、去年は怪我で痛い目をみたわけだ。

 そういう時期に、高橋ファミリーが宮古移住してきた。彼らはさんさーらに最初に泊まりに来てくれた頃から、「移住のための準備」と言っていたが、この宮古不動産バブルの悪環境の中、悪戦苦闘しながらもついにやりきった感じだ。ご主人のケースケさんは、ベンチプレス世界選手権を二度制したスーパーアスリート。奥さんのユミさんも、ベンチプレスアジア選手権で入賞経験がある。そのキャリアでもって、宮古でトレーニングジムを開く計画である。実際にジムをオープンして数ヶ月経った現在、僕が思っていた以上に会員も集まり、好調なスタートを切れたようだ。お金を払って身体を鍛えたい人が、どれほど宮古にいるか心配したこともあるが、杞憂だったようだ。

 僕はもともと、筋トレとか体幹トレとか好きではない。若い頃に、マッチョになりたくて筋トレしてたことはあるが、マラソン一辺倒になってからは、マラソンが速くなる筋トレなるものが怪しすぎて、どうにも続ける気にならなかった。が、下見旅行でなんどもさんさーらに来てくれるケースケさんと話してるうちに、だんだんと意識が変わった。曰く「ベンチプレスも、大胸筋で上げてるうちは上に行けない」「重いのは、爪先から全身使う」。さらには、「ランナー育成の実績もある」とのこと。もしかしたら、これこそ、自分の研究に足りなかったピースじゃないのか。そう思い至り、高橋家、夢のジム「みゃーく筋トレ塾」オープンと同時に、パーソナルトレーニングを申し込んだ。名誉の宮古第一期生w 

 ケースケさんのレッスンを受けてみてわかったが、これは単に筋トレとか呼ぶものではないと思う。むしろ、矯正に近い。誰しも身体の使い方にはクセがあると思うが、スポーツに不向きなクセがトレーニングを通して矯正される。今まで使われていなかった筋肉を刺激することで、自然と動きが変わり、理想的な筋力配分に近づく。結果、無駄が減り、力の分散がなくなり、動きが効率化していく。週イチのレッスンで、一ヶ月も経たないうちに、走り方が変わったのを実感でき、現在も日々改善されている気がする。カラダを作り直しているという面もあるので、即座にタイムにつながるかどうかはわからないが、少し長い目で見ると、間違いなく正解だったと思っている。

「どんなことやってんの?」って疑問があると思うので、ちょっと紹介。

動画直接貼るのは面倒なので、興味ある方はリンク押してくださいませ。

腹圧ジャンプスクワット
足で飛んじゃだめ。

上半身も下半身もグラグラでスクワット
すっごい集中しないと、すぐ落ちる。

ぶら下がって、骨盤から腹筋
最後にコレとか・・・ドSですな。

ちなみに、メニューは毎回少しずつ違って、ケースケさんがその場のインスピレーションで組み立ててるとか。自分専用メニューとか、プロアスリートになったみたいでテンション上がるw

>みゃーく筋トレ塾のFBページはこちら

さらっと書くつもりが、なんかマジメな文章になってしまった・・・
ではまた。


今シーズンのレース計画

ども。sassyです。
3ヶ月ぶりですかね・・・(苦笑

 さて、いよいよ宮古も秋!レースシーズンの到来である♪今年の夏は、足底筋膜炎も治って、ガンガン練習するぞ―、と思いきや、またちょっと怪我したりして不安定だったんだけど、それは今回置いといて。

 レース開幕前に、今シーズンのレース計画を公開してみようとおもう。ん?興味ない?いやまぁそういうブログなんで。

10月
全宮古陸上競技大会

宮古島の学区対抗で行われる、陸上競技大会。トラック&フィールドで行われる陸上競技のほとんどの種目がある(ないのは棒高跳び、ハンマー投げくらい?)。
僕は本来専門外だけど、人手不足の我が福嶺学区。今年は5000mとやり投げ(!?)に出場内定。
5000は、恐ろしく速い連中がゴロゴロいるだろうから、ビリにならなきゃいいかな。
やり投げは、初挑戦。ちょっと楽しみ。

11月
エコアイランド宮古島マラソン

フルマラソン。これが自分的には開幕戦。例年の最高気温は28度。かなり暑い。
開幕戦、気負いすぎて潰れるケースの多い、鬼門レース。ってかメンタル弱すぎじゃ。
これを快調に走りきれば、そのシーズンはかなりイケる。

たらま島一周マラソン

去年初参加して、なんか棚ボタ3位だった大会。23km。
超ローカル大会で、レース後に山羊そば(ビビリさんは牛そばも可)が振る舞われる。会場近くのスーパーで酒を買って、ヤギを迎え撃つべし。
今年は棚ボタ優勝を狙いたい。

12月
那覇マラソン

シーズン前半の勝負レース。フルマラソン。
数年前に一度参加して、絶好調、大きくベストを更新したという、縁起の良いレース。
3万人規模で渋滞必至だが、陸連登録の部ならそれも心配いらないはず♪
ぜひともサブ3を!!

全宮古駅伝(未確定)

もし学区からお呼びがかかれば出場。たぶん3km区間。去年は学区のコネを総動員したオールスターチームで、40年ぶりとかいう総合優勝!(なぜそこに自分がいたか謎)
1位でタスキを受け取り、ずっと報道車について走るという、エリートランナーの気分を初体験。死にものぐるいで1位をキープしてアンカーにつなぎ、そのまま優勝。ドラマチックだったなぁ。

1月
宮古島100kmワイドーマラソン

今シーズン唯一のウルトラ。100km。
今まではシーズンの本命レースだったが、大会運営が年々縮小しており、昨年はついに致命的なことに。
仮設トイレゼロ、市街地の交差点に誘導員ナシとかありえん。
だから今年は、自分の中で格下げして、つなぎレース扱い。
早く卒業して、サロマ湖いきたい。

3月
丹波篠山ABCマラソン

フルマラソン。後半期の勝負レース。なんとかして2時間50分まで持っていきたい。
前回に続けて2年連続の参加。その時の記録が現在のベスト(3時間8分)。
ほどよい寒さでフラットなコース。運営もしっかりしていて気持ちの良い大会。

4月
宮古島トライアスロン(選考前につき未確定)

デザート的大会w
宮古トライは祭りだからね!楽しく走らせてもらいますよ。
もちろん、ライバルに負けたら楽しくないからね、勝ちに行く気なんだけどね。

以上。

こうして並べてみると、結構たくさんあるなぁ。楽しみが多いのはいいことだ。
「はいはい、好きにしなさい」と言ってくれるYOMEにも感謝せねば。

ではまた。


コソ練的な。

 ども。sassyです。
最近筆不精だった原因のひとつが、我がことならがちょっと理解できた。どうやら、SNSでのコメント返信が面倒だったみたいだ。だったら、わざわざブログ更新をSNSに載せたりしなきゃいいだろ!?って自分でも思うのだが、書いたものが読んでもらえないのは寂しいし、コメントをもらえること自体はうれしいのだ。まったく、なにより面倒くさいのは自分の性分だと思う。
 そんなわけで当面、ブログ更新へのコメント返信は基本的にしない方向でいこうと思う。ほら、コメントってもともと、元投稿への返信って意味合いがあるでしょ。だからそれに律儀に返信を返すってのは、レスへのレスみたいなもので、際限ないじゃない。ということで正当化しておこうw あ、コメント自体は大歓迎、ちゃんと読んでますよ。

 さて、いよいよ子どもたちは夏休みに入った。さんさーらの方も、いよいよシーズンピークだ。夏は毎年忙しいのだが・・・なぜか余計なことをやりたくなる時期でもある。これもそんなことの一部かも。

 ガレージ(トタン屋根)の下を、ジム化する計画w 
これは自作ケトルベル(コンクリベルと命名)を使ったデッドリフト。約30kg。裏庭に転がっている廃材を再利用しているので、コストゼロ。

 

 ぶら下がり腹筋+コンクリート約7kg。ホントは鉄棒を作りたかったが、コストゼロで実現するために、鎖で鉄パイプを吊る形に。

 さて、こんなことをして、ランニングのパフォーマンスに効果があるのか、、という問題。雑誌でもWEBでも「上を目指すのなら筋トレ必須」というのは言われているし、僕もいろいろ試してきた。が、どうもパッとしない。特定の筋肉を太くしてみたところで、それがランニングに生きるとは限らない・・・いや、生きることは極めて少ないと思うのだ。むしろ、動きが悪くなったり、別の場所が固まってしまったりして、パフォーマンスを落とすことも十分ありうる。やらないほうがマシってやつだ。

 だが、ここ数ヶ月、プロのパーソナルレッスンを受けてみて、「正しく鍛えれば、パフォーマンスは上がる」と確信した。今回のは、そのレッスンの中で、自分だけでもやれそうなものを自宅用にアレンジしてみた次第である。ちなみにポイントは、重いのを持ち上げること自体よりも、正しい動き、体の使い方で行うこと。きっと効果あるんじゃないかな。ま、なければやめるだけw 気軽に辞められるのが、コストゼロの強みかも。

 試しに懸垂もやってみたが、3回で終わった。箸より重いもの持ってないからなぁ。
ではまた。


宮変イベント2は夜のロング走

ども。sassy@宮古島変人会議(略して宮変)議長ですw
先日、第二回宮変主催イベントとして、夜のロングラン(60km)を開催したので、その様子など。

 今回のイベントの名称は「がんばれエドチカ☆月夜のロングラン」。アスリート仲間のエドチカさんが、今年9月に開催される、過酷な100kmマラソンに出るということで、彼女の練習を応援しようという企画。早い話、みんなで長距離走ろうよ、というだけw 夜開催なのは、この時期宮古の昼間は殺人光線が降り注ぐので、危険すぎるから。当初、こんな企画、3~4人集まれば上等かね、、なんて言っていたが、以外にも10人以上の申込みが。さすがにフル参加(全行程)は少数だが、「前半だけでも」「最初の10kmだけ」など、顔を出してくれる仲間が多数。

 コースはいろいろ検討した結果、中心街を12kmで一周するコースを5周ということに。途中参加しやすい、照明が多い、コンビニが多い、などが理由。ざっくり説明すると・・・(土地勘のない方は読み飛ばしてね)、パイナガマビーチ駐車場&ファミマ(CP1)スタート。市役所前を通り、鏡原ファミマがCP2。空港前を通り、マクドナルド前ファミマがCP3で、道なりにCP1に戻って一周。宮古在住者にはわかりやすいコースだと思う。当日の天候では、CP1~CP2は、かなりの逆風。走っても押し戻される感じ。CP2~CP3は、1周目こそ明るかったが、2周目以降は闇。明るくても景色の変化が乏しいので、後半は精神的に苦しい区間になるはず。CP3~CP1は、他より距離が短く、下り基調になる上に、「もうすぐゴール」という要素もあって、気持ちよく走れるだろう。

 スターティングメンバーは7人。最初の1周で抜ける人もいるが、途中から参加予定のメンバーもいる。意外なタイミングで接近してきた台風の影響で、夜間はかなり怪しい天候になりそう。

 1周目。みんなわきあいあいと、のんびりスタート。エドチカさんのペースに合わせて、急がずしっかり、距離を踏もうという目的なので、ぶっ飛ばしていくメンバーもおらず。午後7時。まだまだ街は明るく、そば屋や焼き鳥屋の吐き出す香りが、あまりに芳しい。フラリとカウンターに座って、「ナマ一杯!」とか言ってしまいそうだw 交通量も多く、信号待ちも多いが、空港では、JALの最終便が離陸しようとしていた。次の周回では、かなり暗くなっているだろう。

 2周目に入り、「ちょっとだけ参加」のメンバーが数人抜け、かわりにワタさん(50代女性)が参入。昨夜は3次会まで飲んでたとかなんとか・・・。いやはや、タフですなぁ。。僕の方はといえば、やや不調。ゆうべちょっとだけ飲みすぎたか?胃の具合が微妙で、体が重い。夏のロング走は、胃を痛めたら終わる。発汗量が多いので、水分やミネラルを補給し続けなければならないから。水分、特に冷たいものを飲み続けた結果、内臓を冷やして、後半、胃が何も受け付けなくなるというのもある。まぁそのへんは僕も素人じゃないので、うまくしのいでいこう。とりあえず、3周。そこまで走ったら、自分へのご褒美を用意しておこう。

 宮古空港はすっかり暗くなり、看板のネオンだけが光っている。空港前の通りは、僕が勝手にグリーンマイルと名付けた。歩道の半分が緑色に舗装されているからだが、夜の暗さ、変化がなくて精神的にキツくなる感じ、無数に配置された、男性の股間を直撃する高さのポール(闇夜では完全にトラップ)などが、死刑囚の歩く道のようだから(映画参照w)。日中は、中央分離帯に大きなヤシの木がならぶ、南国リゾートな感じの通りだが、もうすぐ完全に日が落ちて、グリーンマイルの本領発揮となるはずだ。

 3週目に入り、カモさんが抜けた。彼は時間がないので、イベント開始前に1周しておいたとのこと。なんと殊勝な。。面白い人達ばかりだなぁ。夜の宮古は暑い。いや、昼はもっと暑いのだが、夜も気温があまり下がらないのである。特に湿度が苦しい。そんな中、ハーフマラソン以上の距離を走ってきて、いつしかみんな口数が減ってきている。ペースもだんだんバラけてきた。僕も人のペースに合わせるのがしんどくなってきたので、自分の走りやすいペースに変更。集団がバラけた分、先行ランナーもCPで一度止まって、後続を待つという流れに。みんなで走ってる感が楽しいし、それが気持ちをラクにしてくれるわけなので、その点はみんな異論なしだったと思う。

 すでに深夜11時。交通量はめっきり少なくなった。繁華街近くを走っているとき、すっかりデキあがった女性二人組が、先頭を走っていたKさんと接触しそうになる。Kさんが、スミマセン、と言いつつすれ違ったときの、二人組の唖然とした表情が笑えた。「こ!!こちらこそ!!スミマセンっ!」って。酔っ払いと呼び込みしかいないと思っていた夜の繁華街を、汗だくの謎集団が走ってゆく。あれは宇宙人と出会った人間の目だったなw 僕はこのあたりから、調子を回復し、気持ちよく走れるようになってきた。体も軽くなった。よしよし。この感じなら60いけるな。CP3からの数キロは少し加速。お楽しみがあるからね~

 4周目に入る前のCP1。みんなより少し早くコンビニに着いて、カップ麺と発泡酒。ハァ、これよ、これ♪ロングランの醍醐味じゃ♪胃が温まり、テンションが上り、眠気が覚める。さぁ、ここからがロングランの真骨頂だな♪ とうに日付は変わり、街は寝静まり、小さな交差点の信号は点滅に変わった。コンビニを除けば開いている店は少ない。ドン・キホーテはこんな深夜でも開けているみたいだ。夜の60kmランは、もう何年も前から一人でやっている。この時間帯は好きだ。物事の輪郭はぼやけて、闇との境界が曖昧になり、自分とその他の違いもぼやけてくる。目に映るものすべてが自分のもののように感じる。うぉー、オレの世界だ!・・・ちっとヤバイやつみたいだけど、まぁ冷静に見たらやっぱりヤバイやつなので、よしとしようw 

 メンバーは最終型か。エドチカさん、ワタさん、Kさん、けんけん堂。それに、4周目からマナが加わった。眠そうだったエドチカさん、マナの参戦はかなり嬉しかった模様。おしゃべりしながら同じペースで走れるから、気が紛れるというもの。気のせい??いやいや、ウルトラマラソンなんて、8割は気の持ちようだから、全く正しいと思う。CP3に到着して、けんけん堂が、4周で終わる宣言。一緒にKさん、ワタさんも。まぁ仕方ないでしょう。本人が愉しめば娯楽、強要されたら拷問。そういうイベントなんで。それにしても毎度思うが、けんけん堂のレースと練習でのテンションのギャップがすごい。レースではまるで石仏。1000年前からそこにいるような安定感と頑丈さなのに、練習では藁人形くらい。疲れたからもう帰るもん。みたいなw 石仏を打ち砕かないことには勝ったことにならないので、今回みたいのは勝負ではない。Kさんもワタさんもお疲れっす。まさか女性陣がこの時間まで付き合ってくれるとは、想定外。
 
 いよいよ5周目。僕はもう一発、カップ麺と発泡酒でドーピング。左足がちょっと痛いが、深刻ではないし、後遺症になることもなさそう。残ったエドチカさんとマナは、5周目コンプではなく、走行距離が60kmになるように調整して走るとのこと。周回ごとの誤差の積み重ねで、5周目を完走すると61~62kmくらいになる計算なのだが、それがしんどい。が、なんとか60kmは達成したいということで。マナはこういう展開も意識して、あえて終盤参加にしたとのこと。うーん。デキた子だねぇ。。僕なんていつも自分のことで手一杯なのにね。とにかく、5周目を走るのは僕一人になってしまった。だったらもう、CPすっ飛ばしてさっさと完走してしまおう。休憩から復帰するときが精神的に一番しんどいし、胃が疲れてきて、水分補給がしにくくなってきてるから、ちょうどよい。さぁ、さっさと仕上げるぞー。

 街は深夜から夜明けに向かっている。ドン・キホーテもついに閉店した。新聞配達が動いている。空港前では、畑の方からコケコッコーの声。マクドナルドのメニューがマフィンに変わっている。あーあ、ホントに徹夜ランになっちゃったなぁ。ビーチでシャワー浴びたら、朝マックして帰るかな。あ、、マナもこっちにいるんだから、子供の学校に間に合うように帰らなきゃ。非現実の時間もそろそろ終わりだ。

 お疲れ様でした!!みんな、思い思いに楽しんでくれたんじゃないかなーと思います。ランニングって、極めて個人的な遊びだと思うけれど、走るのが好き、っていうだけの理由で、こういうつながりかたもできるんだなぁ、ってしみじみ思います。またみんなでおかしなことやりましょうw

やり切った感がハンパない


足底筋膜炎、終息へ

 ども。sassyです。
かれこれ10ヶ月苦しめられた、左足足底の痛み。いよいよ終わりが見えてきたので、そのへんを今日は。

 今までもいくらかのケガは経験してきたものの、それらはすべて、「治った」という風に終息してきた。今回の大きな違いは、その期間の長さも大きいが、「治した」という実感だろうか。受け身で治るのを待っていたら、きっと今でもグヂグヂ痛みに耐えていたと思う。そのへん、自分の備忘録を含め、足裏、踵周辺の痛みに悩んでいるランナーの参考になるかもしれないと思い、筆を取る。・・・筆?いや、キーボードだw

 まずはじめに、語り始めると長くなるので、結論だけ知りたい方は、こちらからすっとばしていただきたい。

1)発端
 「ケニア人のように走りたい!」という動機からフォーム改善を初めて数ヶ月。ストライドを伸ばす工夫をしているうちに、左足裏に、ピリピリした痛みが発生。最初は重大視せずに、運動強度を落としながら様子を見るも、どんどん悪化。地元のスポーツドクター(整形外科医)を訪ねてみるも、「足底筋膜炎ですね、痛みが引くまで安静に」とのこと。クソクカつく。痛みが引くまで安静に、なんて、ド素人でも言えること。痛みが引かなきゃ、永遠に走るなってことだからね。おとなしくしてれば、いつか治るかモネー、って意味。ふざけんな。ちなみに、リハビリと称して教えられたストレッチは効果ゼロ。

2)自己責任
 一ヶ月くらい、ランニングをやめて、自転車を漕いで過ごした。が、走り出してみれば、痛みはまるで変わらず。体が、このトラブルを治すのを忘れてしまったみたいだ。レースシーズンまであと2週間ほど。そこで、自分なりに結論を下し、覚悟を決めた。痛いけど、これは脳の誤解だ。神経痛であって、肉体的な損傷はすでに終わっている!だから、痛みさえ無視すれば走れるはずだ!
 そうやって走って、いくつかのレースで記録を残し、いくつかのレースで酷くぶっ潰れた。

3)本気で向き合う
 4月のトライアスロンが終わり、シーズンオフへ。相変わらず痛い。来シーズンもこの痛みとともに走るのかと思うと、生きていることがイヤになる。これまで、いくつかの整形外科医や、治療師たちに世話になったが、回復の兆しは見えず。いよいよ危機感がつのる。もしかして、自分はこのままこの痛みから開放されることなく、アスリートとして終わるのだろうか。そこで思い切って、1ヶ月の完全休養を宣言。この間は一切走らない!
 そういう期間を設けてみてわかったのだが、走らないことそのものよりも重要なのは、怪我の治療にすべてを捧げる時間だったのだな。今まで走ることに使ってきた時間をすべて、情報収集と治療実験に使う。これが大きかった。

4)仮説と実験、考察
 最初、足裏(特に踵周辺)が痛いが、痛みの位置が移動することや、朝イチや冷えたときに痛みが増すことで、神経痛の症状を強く疑っていた。坐骨神経痛。症状によって、踵に痛みが出るケースもあるという。が、坐骨神経痛の対処法、ストレッチをいろいろ試したが効果は感じられず。整体師・けんけん堂の話から、「神経が圧迫されるとしびれる。神経が引っ張られると痛いらしいよ」という話を聞いて、やっぱり足底周辺を疑ってみることに。
 とにかく、下半身の筋肉、筋膜の硬直は多岐に及んでいたたため、最初はひたすらストレッチに専念。180°開脚できるようになるほど柔らかくすれば、問題の箇所が炙り出せるはずだと思って、ひたすらストレッチ。それを続けた結果・・・痛みを引き起こしているのはやはり足底筋膜と断定。後述するが、足底筋膜をほぐす方法を見つけたあとも、悩んだのが、「なぜほぐした翌日には、また硬直しているのか」ということ。結論は、スネ周りの筋肉(あるいは筋膜)の硬直。足底とスネ周りをリリースすることで、ついにこの痛みの終息を見るに至った。マニアックな話になるが、スネ周りのマイナーな細い筋肉たちは、足裏のアーチを維持するの働きもしている。ふくらはぎは注目されがちだが、スネの表側にある前脛骨筋や、さらにマイナーな後脛骨筋腱、腓骨筋群などは、大半のアスリートが知らないのでないかとおもう。原因不明の痛みで悩んでいるアスリートは、こういう筋肉に注目してみると、案外打開策があったりするんじゃないかな。

5)今
 朝イチの痛みが10日くらいはなくなっている。朝は最悪の時間だった。寝起き最初の一歩がイヤなばかりに、起きることが億劫だった。あぁ、再び、走ることを無邪気に楽しめる日々が近いんだな、と、幸せを噛み締めている。

※簡単に言うと

 とりあえず、コレを買いましょうw足裏グリグリやるため。

テニスボールサイズのマッサージボールw
by トリガーポイント
Amazonでふつーに売ってるけど、「はぁ、こんなただのボールのくせに高すぎね?」と思って敬遠してた自分を呪いたい。

え、テニスボールでいいだろって?コレで2000円とかおかしいって??
うん、思う存分、類似品を試してくださいませ。
僕はコレで解決策になるってわかってたら、10万円でも買いましたねw
使い方は、You Tubeとかでもいろいろあるので参考にされたし。ま、青竹踏みの要領ですな。やればわかる。

 あと、スネ周りの筋膜リリースは、定番のローラーで十分に効果あり!
(前述のボールがあまりに劇的に効いたので、ローラーもそのメーカーのを注文してみた)
痛気持ちいを基準に、ローラーとバーを使い分けてます。

今、久しぶりに走れる幸せを感じている。それは怪我の終わりが見えたことだけではないのだが、それはまたあらためて。
ではまた。


万策尽きて

 ども。sassyです。

 子供部屋のエアコンが壊れた。移住のかなり前に買ったブツなので、修理する価値はない。仕方なく新しいエアコンをホームセンターで注文したが、取付工賃が以前の5割増しくらいになっててビビる。悪名高き宮古バブルの影響だろう。こんな時期に壊れるとはツイてない。しかも、2週間待ちだそうな。この時期、エアコンなしで寝るのはかなりの苦痛、以前子供部屋の窓を開けて寝させていたら、ムカデが侵入した経験もあり、子どもたちはエアコンがつくまでの間、子供部屋では寝ないということに。小学生の娘が二人、寝室に追加されると、僕の寝る場所はもう事務室くらいしか残ってない。あーあ。仕方ない、ブログでも書こうか。

 前回ブログを書いたころは、ノリノリイケイケ気分だったと思うが、そっちのバブルはすでに弾け、今はけっこーヤバめ。麻雀でも、バカヅキの後には地獄が待ってるもんね。。昨年の9月ごろからずっと患っている左足の踵は、足底筋膜炎ではなく、坐骨神経痛の一種であるという結論に至った。いや、最初は確かに足底筋膜炎だったと思うのだが。どうでもよいが、痛い。走ることこそ我が生命、怪我だって走りながら治してみせる、と息巻いていたのも過去の話。ついに折れた。トライアスロン以降、この宮古にいながらできると思われる対策は、考えうる限り試したつもりだ。整形外科や鍼灸はもちろん、暇さえあればネットから情報を漁り、おかげで、下半身の筋肉や神経の構造にはかなり詳しくなったと思う。様々なストレッチや体操、ツボにお灸、健康法なども片っ端から試した。・・・が目に見えた効果はなし。痛い。そして、ついに諦めの境地に至り、唯一試さなかった最後の手段・・・つまり、休養を取ることにしたのだw 期間は2~4週間を考えている。骨折でも4週間でおおよそ治るのだから、このくらいで勘弁してほしい。

 思えばこの2年ほど、病気で倒れた時を除けば、3日以上の連続休養は取った記憶がない。この怪我で最初に医者にかかったとき、「とにかく足を休めろ、治るまで!!」と高飛車に言われて、渋々ながら1ヶ月間、ランを休んだのだが、その間はほとんど休まずバイクに乗っていた。これは、坐骨神経痛への対処としては最悪だったかもしれない。

 「人生の楽しみの大半を失った!」とか、この身勝手な男はボヤいているわけだが、ちょっと視点を変えてみるとどうだろう。例えば、カミサマがいて、コイツをもっと成長させるには、どうしても休養というものを教えねばなるまい、と考えたとする。アンタはちょっと疲れを溜めすぎてるから、しばらく休みなさい。と言ったところで、絶対聞く耳を持たない。自分の経験に基づくもの、理路整然としたものしか信じないタイプだからだ。いいや、オレは疲れてなんかない、と言い張るに違いない。仕方がない、休まざるを得ない怪我でもさせるか・・・となるんじゃないのか。

 まぁなんにせよ、痛みを堪えて走るのはもうイヤになった。休めば治るって保証なんてないが、代案もないし。それに実は、最近の体調の悪さは疲労のせいなんじゃないかと薄々思っていたところでもあった。何週間も下痢が続き、寝起きが辛い。トレーニング後でも食欲が出ない。立ち仕事で、膝下がしんどい。情緒不安定。おや・・?書き出してみると、このヒト、過労死の兆候があるんじゃないのw

 今日で休養4日目になる。その間、娘の運動会と、ハーリーがあった。運動会では、立っているだけでしんどいことがわかった。こんなんでよくまぁ毎日、炎天下を走ってたもんだ。呆れるやら感心するやら。運動会の後は、PTAの慰労会。宴会部長の僕が休むわけにはいかないので、それなりに飲んだ。が、翌日は案外ちゃんと起きれた。最近、飲みの翌日は、病人さながらだったのだが、もしかしたら、飲みの前(当日朝とか)のランニングが、ダメージを倍加させていたんだろうか。

 PTAで参加した浦底漁港のハーリーは、一回戦でまさかの衝突&沈没!無念だなぁと思っていたところ、人手不足のチームにと誘われて、気づけば6本以上サバニ(船)を漕いだ。休養のはずが・・・いやいや、これはレジャーだから!業界では「疲労のマスキング」という言葉があるらしい。つまり、疲れているのに、その実感がない、自覚症状が出てこないという状態である。僕の場合、トレーニングやスポーツのスイッチが入ると、疲労のマスキングも自動的に起動する習慣になっているのかもしれない。

ハーリーには娘も参加させていただいた。本人は疲れたようだが、素晴らしい経験!

 しばらくは走らない生活を堪能しよう。ボヤきながら。。
ではまた。