AuthorSassy

おきなわマラソン2019

ども。sassyです。ご無沙汰しております。
おきなわマラソン走ってきたので、とりあえずレポなど。

 沖縄に詳しくない方は誤解されてる方もいるかもしれないが、那覇マラソンとはまた別の大会である。那覇マラソンは3万人規模、おきなわマラソンは1万人規模。おきなわマラソンの方は、沖縄中部(沖縄市周辺)で行われる大会で、コースが嘉手納基地を通るところがウリの一つ。米軍キャンプは法律上、アメリカである。とすれば、これは国境をまたぐマラソン大会だw 経験者の話でも、「基地内が楽しい」とのこと。楽しみである。

 前日入りして、空港からバスで会場へ行き、最終エントリーを済ませてゼッケンや記念品を受け取る。空港から結構遠い。バス代も案外かかるものだ。久しぶりに参加する1万人規模の大会、やはり熱気が違う。スポンサーの大手企業やスポーツショップがブースを構え、前日からすでに盛り上がっている。祭りだ、祭り!! 「無料テーピング!」の看板を見てふと思う。このヤクザな左足、テーピングしたら多少マシにならないだろうか。たとえマシにならなくても、悪くはなるまい。早速、1000円ほどのテープを購入して、その場で巻いてもらう。思ったよりもぐるぐる巻にされて、テープは7割くらいなくなった。「これって、もう一回やれないっすよね?」と聞いてみたら、「うーん、ちょっと足りないでしょうね。でももう一本サービスで付けときますから」と。太っ腹やなー、テーピング無料どころか、頼まなきゃ損なレベルだw ちなみにこの日は、出発前にシャワーを浴びておいて、夜はもう風呂もシャワーもしないつもり。ただでさえ慢性不眠症の僕は、夜のシャワーや風呂は覚醒度を高めるだけでメリットがないのである。だから、前日にテープングしても、特に問題なし。(後日談として、テーピングは気休め程度にはなったと思う)

 テキトーに取った民宿は当たりだった。相部屋のはずだったが、閑散期のせいか、ツインの部屋を一人で使わせてくれた。よくある、古いビルを内装だけ手直しした宿屋だが、客を楽しませるようにインテリアを工夫してあり、居心地がよい。オーナーのセンスだろうな。お金をかける代わりに知恵を絞っているのが伺える。よその宿に泊まると、同業者として刺激になるなぁ。が、居心地のよい寝室でも、やはり僕はレース前日眠れない。うつ伏せになってみたり、ケータイでクラシックをかけてみたり、ヨガのポーズをしてみたり、羊を数えてみたり・・・やっぱり眠れない。思いつく限りの、眠るための努力と、努力を忘れるための努力を試してみたがやはり眠れない。最終的に、自分の自律神経を呪い、悪態をついているうちに、多少のフテ寝をしたようだ(苦笑)。蛇足だが、不眠に関するアドバイスはご遠慮いただきたい。この苦しみは同じ病気の人間にしかわかるまい。

 さて、前置きが長くなったが、ようやくレース。今回初めて陸連登録をしたおかげで、Aゼッケン。つまり最前ブロックのスタートだ。僕にとってはオーバーペースでスタートするに違いないので、Bブロックに近い位置に陣取る。見渡してみると、僕を含めて青のAゼッケンと、白のAゼッケンがいる。多分、陸連登録者が青、非登録だが申告タイムがかなり速い選手が白、なのだと思う。陸連登録は、年会費1500円程度を払えば走力に関係なく誰でも可能。マラソンでの登録メリットは、上位ブロックからのスタート権と、タイムの「公認」。エリート向けの大会などでは、「公認タイム何分以内」などという参加制限を設けている場合が多いので、ガチでマラソンをやるなら登録しておいて損はない。とにかく、こんなに前の方でスタートするのは初めてなので、少々緊張する。

 号砲とともにスタート。気温は20度弱、曇り空で、やや肌寒い。マラソン日よりだ。Aブロックだけあって、最初から渋滞がない。最初1kmほどをアップに当てて、巡航ペースに。左足の爆弾が一番の気がかりだ。1時間前にロキソニンを飲んだが、走り出してみるとやはり痛い。痛み止めがあまり効かないというのも、コレが変な怪我である証拠だと思う。しかし、気にしすぎるとフォームが乱れるので、一旦忘れる。「左足が痛いって?俺は生まれつきこうさ。この足で10年近く走ってきたぞ。忘れたのか?」というふうに自己暗示をかけるw

 おきなわマラソンはアップダウンが結構キツい、と聞いていたが、とりあえず平坦だ。ペースも4分30秒台で安定している。10km地点あたりから少しペースアップ、30km地点あたりでさらに上げて全力走に、というのが僕のフルでの作戦。勝ちパターンと言ってもいい。僕にとっては意外なのだが、3時間前半を狙うレベルでも、「前半で貯金を作る」という考えの選手が驚くほど多い。その誤った作戦を見直すだけでも、もっと結果が出るだろうに。貯金すべきはタイムではない。体力だ。後半で失速する走り方は、前半のタイム貯金を全部吐き出して、さらに大赤字になる。100kmではまだ研究中だが、フルではたぶん間違いない。最初の10kmは我慢だ。精神的にはkの10kmが一番しんどい。どんどん抜かれることはすぐに慣れるが、「今、必要十分なガマンができているか、終盤上げられるだけの体力を貯金しているか」という思考が悩ましい。当然だが、ビビってセーブしすぎては、後半でそのタイムロスを回収しきれなくなる。Gのゼッケンをつけた、10代と見られる選手がすごいスピードで駆け抜けていく。よくまぁ後方ブロックからここまで、この短時間で・・・。死ぬぞ、オイ。高校のユニフォームを着ていることからしても、マラソンデビューの陸上部とかだろう。陸上部にとって、マラソンペースは遅すぎる。ついつい、自分の体力とスピードに酔いしれてしまうのだろうが・・2時間もすれば、超長距離の洗礼を受けることになるんだろうな。本当の天才でない限りは。

 10kmを過ぎて、ギアを一段上げる。よし、問題ない。このペースで十分巡航可能だろう。心のつっかえが一つ解消。だが、コースはいよいよアップダウンが始まる。高低差30m以上の坂が断続的にやってくる。当然だが、平地と同じペースで坂を登れば、それは平地でのペースアップに等しく、レース戦略がメチャメチャになってしまう。では、坂でペースを落とすのが当然として、目の前にあるこの坂ではどのくらい落とすのが、「平地だったら一定ペース」に相当するのだろうか。それに答えてくれるのが「パワーメーター」だ。原理は僕もよく知らないが、ランニングの「出力」をW(ワット)で評価して、時計に出力してくれる。同じスピードでも、上りだと数字が大きくなるし、下りだと小さくなる。パワーメーターの詳細を語ると、それだけで数千文字になるので、今回は残念ながら自粛するw ともかく、今まではスピードベースで立てていたレース戦略を、今回はパワーベースにしてみたのだ。1kmごとのラップタイムは自動的に時計に表示されるが、それ以外は、直近10秒平均のパワーが表示されている。この数値を、一定の範囲内に収めるように走る。戦略的にペースアップする際には、その範囲を一段階上げる、というわけだ。結果的に、この作戦はなかなか良かった。上り坂、特に前半で体力を温存したいときに、ペースへの不安がとても小さくなる。思った以上に、上りは抑えないといけないらしい。逆に下りでは、想定するパワーゾーンで走るとかなりのスピードになり、着地衝撃がキツい。もっとデータを集めていろいろ検討したい。ああ。至福のデータ検証・・・w

 21kmを過ぎ、残りは半分。少し気分が軽くなる。というのも、今シーズン、まともに走りきれたのがこのくらいの距離だから。フルマラソン、ウルトラマラソンは、もれなく潰れている。勝負事では、勝ちが勝ちを呼ぶという側面がある。勝つために強くなるというのとはちょっと違って、勝ったからこそ、さらに強くなるというか。成功体験が、自分自身と競技に対するポジティブな意識を作り出し、練習へのモチベーションをアップさせ、大きな負荷にも耐えられるようになる。その結果、さらに勝利を収め、好循環が生まれて勝ちまくる。今回、走りながら、その逆もまたあることがよくわかった。自分がどれほど競技に臆病になっていたか。好循環があるなら、悪循環もあるのだ。負けは負けを呼ぶ。うむ。理解した。このレースで最も重要なことは、ブッチギリのタイムを叩き出すことではない。自己ベストをちょっとだけ更新して、「良いレースができた」と振り返ることだ。きっとそれが悪循環を断ち切る。ブッチギリは、好循環の波に乗ったときだ。今するべきは、計画通りにパワーゾーンを守り、終盤で順位を上げて、「ナイスレース」に持ち込むこと。

 30km手前で、いよいよコースは嘉手納基地へ。レースと自分のことで精神的にいっぱいいっぱいだったのところに、ワクワク感が。基地内は、なるほど、アメリカだ!日本人ボランティアもいるが、ほとんどは米軍関係者とその家族のようだ。応援の熱はかなり高い。前から興味があったのが、「マラソンの応援で、日本と外国にはどんな違いがあるのか」ということ。体験してみて、誤解を恐れずに率直に言うと、アメリカ人の応援には、奇声、嬌声が多いということ。KYYYAAAHHHHH!!!! GOGOGOGOGO!!! WHOAAAAHHHHOOO!!! YAAAHHHOOOOO!!! みたいなw トーンも1オクターブ高い気がする。実に面白い。僕の勝手な解釈だが、日本人はやや頭でっかちで人目を気にするため、無意味なことを叫ぶのが苦手、アメリカ人は、ノリと勢いで感情を爆発させるのが得意、ということかもしれない。なんにせよ、あの異国情緒は実に楽しい。白人のちっちゃな女の子たちが、沖縄民族衣装を着て応援しているのには、思わず顔がほころぶ。いかつい黒人の若者たちが、「USA!!USA!!(ダパンプ)」を連呼していたのは吹いた。国籍だ民族だ歴史だ、と、いがみあうのは実にくだらないな。人対人であれば、初対面で赤の他人で軍人であっても、こんなに気持ちのいい感情を持てるのに。いい感じに気持ちがリラックスしたところで、いよいよ、次のギアアップだ。

 30kmからはもう時計を気にしない。時計は、主にペースを抑えるためのツールだから、ここからはあまり必要ない。経験上、「これならギリギリ持つ」というペースは10km程度持つものだ。足の力を抜いて、膝から下は羽のように軽く、勝手に動いているイメージをする。重心を、ほんの気持ち前に出して、安定する場所を探す。自己暗示の仕上げは、映画マトリックスのセリフ、”Dont think you are. Know you are.”(映画での訳:速く動こうと思うな、速いと知れ)。
抜きつ抜かれつして顔を覚えた選手たちが、一人ずつ後方へ消えていく。僕の記憶では、ここから先、誰一人にも抜かれなかった。上り坂も攻める。下りはもっと攻める。左足の踵がパンクしそうだが、大丈夫、10km程度は耐えるはずだ。足は痛いし、当然呼吸も苦しい。意識にはうっすらと霧がかかったようになってくる。でも、気持ちは晴れやかだ。このレースは成功だ。ここから潰れることは多分もうない。あとはただただ、体力と気力を振り絞ればよい。恐れるものはない。肉体的なしんどさなど、失敗レースへの恐怖に比べればたいしたことではないらしい。

 前半でぶっ飛ばしていいったGゼッケンの若者がズルズルと後方に落ちていく。快調に飛ばしていたかと思えば、突然立ち止まって、ストレッチを始める選手がいる。中盤からペースメーカーにしていた、ショートカットの女性選手も後方に消えた。(オトコどもは、美人ランナーと思われる選手をペースメーカーにしたがるものだ。後ろ姿しか見えないわけだが)。この、3時間台前半の速度域で、自分が一番速く走っているという満足感。一人抜いては、よし次はアイツだ、と狙いを定めて距離を詰めていく感覚。アドレナリンが全身を駆け巡り、苦痛を中和していく。最も苦しく、最も甘美なこの瞬間・・・そうだった、これを追体験したくて、レースに出るのだ。だからさらに上を目指すのだ。早く終わってほしいが、ずっと続いてほしい。いよいよラストの1km、最後の仕上だ。ラストスパート。ここでスパートをかけても表彰台に届くわけもないし、タイムだって10秒くらいしか変わらない。だが、ここがクライマックスなのだ。絶頂なのだ。ラスト1kmは死ぬ気で走る。この1kmにおいては、成功も失敗もない。ただ、美学と自己満足と・・・あるいは狂気のために。競技場に入ってからの300mはまるでスローモーションだった。いったいこのトラックはどこまで続くのだろうか。僕と等速で、ゴールが遠ざかっているのではないだろうか。いやむしろ僕が止まっているのか。いやいや、トラックに入ってからもさらに一人抜いたのだから、進んでいるだろう・・・。そんな至福のひとときも終わり、ついにフィニッシュ。あー、やりきったぞ。

 タイムは3時間13分。約1万人中、143位。意識していた、3時間ヒトケタには届かなかったが、坂がなければ届いていた計算だからヨシとしよう。自己ベストも更新できた。レースの快感も、感触として思い出した。今シーズンはいよいよ大詰め。次の3週間で、フルマラソンを二本、翌月にトライアスロンが控えている。今シーズン前半の負けを挽回するぞ! 
・・・あー、でもテンション上げすぎてまた怪我するのはイヤだから、確定申告のことでも思い出して水を指しておくことにしよw


次のマイブームは自律神経

ども。sassyです。
今日は久しぶりにランニングに出た。足や心臓に過度の負担をかけないよう、慎重にゆっくり走り出し、温まってきたら一番気持ちよく走れるペースまで上げ、調子が良かったので、ラスト1kmは全力で走ってみた。あー、やっぱ気持ちいいわ。休養のためとはいえ、走らない生活は、イチゴのないショートケーキみたいだ。

 さて、喫緊の課題はコンディショニングであると結論づけたわけだが、勝負レースで毎回ベストコンディションを作るためには、自分だけのコンディショニング理論を構築して、ルーチン化しなければならない。そうしないと、いつまでも出たとこ勝負で不安定なままだと思う。理系で情報オタクの僕は、この一週間をそのための情報収集に費やし、おおよその青写真が出来上がった。あとはこれを実践しながら、フィードバック、調整を加えていく。3週間後のおきなわマラソン、走力アップは一度保留して(すでにアホみたいにやってきたし)、コンディショニングに集中してみたいと思う。

 少し具体的な話・・・だが、専門的になると、誰も読んでくれないと思う(マナなんかは、毎回、あーー、はいはい、がんばって、みたいにスルーするのが日常)ので、さらっと表面的に。
コンディショニングといっても多岐に渡るわけだが、肝心要は「自律神経の調整」であると思う。特にマラソンにおいては。自律神経は、体温、心拍数、呼吸、発汗、さらにはテンションの浮き沈みまで支配している。前回のレースは、様々な要因で破綻したが、最初のトリガーが大量発汗だったと思う。大量発汗→脱水・低ナトリウム→消化能力を超えた補給による胃の失調、筋肉の痙攣と引き攣り・・・などなど。発汗異常というのはまさに自律神経の不調と考えてよさそうである。ちなみに、自律神経の中枢は間脳であり、筋肉のように鍛えることはできない。やさしくいたわるのみw

 マラソンランナーとしてのアプローチは二通りだ。回復力を高めるか、負担を減らすか。当然、両方からアプローチしたい。回復力を高める方は、ネットに山程情報があるので、興味のある方はテキトーにググっていただきたい。ストレッチだとかヨガだとか姿勢だとか安眠のためのあれこれだとか・・・。負担を減らす方は、手っ取り早く、練習量を減らそうと思う。距離稼ぎのようなJOGをバッサリ切る。ちょっと切ないけど。ランナーの多くは、「今月は何キロ走った」みたいなデータに、どうしても自己満足を覚えてしまう。もちろん僕も。最初のうちは、距離を伸ばすことをがんばり、比例してパフォーマンスも上がるのだが、あるときから、走行距離とパフォーマンスは比例しなくなる。そのころには、距離を減らす方に努力が必要な状態になっていたりする。油断していると無駄に走ってしまうような。
とりあえず、距離を月間300kmくらいまで抑えて、空いた時間をヨガや筋トレに回してみよう。うん、サラッと書くつもりが案外長くなってしまった。
ではまた。


確変の前兆?

ども。sassy@元ギャンブル依存症です。

 例の歴史的大敗から数日。がっくり落ち込むかと思いきや、案外、、いや、案外どころか、かなりハイテンションなここ数日。もちろん、悔しいんだけど、それ以上に晴れ晴れとした気分というか。憑き物が落ちたというか。今はもう、3週間後のおきなわマラソンの楽しみでウキウキ♪

 この展開、なんか覚えがある・・・と思い出したのが2年前のTOFR。非常に力を入れていた勝負レースだったのに、直前1ヶ月くらいでテンションが急降下、なんだか鬱々とした気分でレースに臨み、当然散々な展開、それでも最後の最後で覚醒して、そこまでの不覚を(気分的には)吹き飛ばして終了。1ヶ月後のトライアスロンは悪くない走り、その後の半年の猛練習で、翌シーズンは大躍進・・・という流れだった。なんだろう、あのときと今では、アスリートとしてのステージも違うし、求められるものも違うのだが、「大敗レースの後の奇妙な全能感」というのが似ている。そう、自分は(何にか知らないが)負けて良かった。あの大敗が、次のステージへの扉を開いた。という感覚。

 けんけん堂に今回の負け分を支払ってきた。ブルーシールのパフェとコーヒーで800円くらい。ちなみに、レースの参加費が15000円、トレーニング期間が1年w 長髪のオッサンふたり、南国のアイスクリーム専門店で向かい合ってスイーツを喰らう。僕の中で、この時期の奇妙な風物詩となっている。彼は口数が少ないので、8割くらい僕がしゃべっている。マラソンへの取り組み方も違う。彼はスピード追求をしないらしい。僕は自分に足りないものがスピードだと思って以来、ゴリゴリとインターバルや坂ダッシュを走る。そしてレース前、もうけんけん堂に負けるはずがない、と思ったりするが、そう思った年に限ってボコボコに負ける。今年も然り。そしていい加減学んだ。何年も続くライバル関係というのはそれなりの理由があるわけで、敵を侮った瞬間、何かを見落としているのだ。負けるはずがない、と思った瞬間、負ける理由を見失っているのだ。「死神はどこか遠くにいるのではない。あなたの肩の後ろにいる」と言ったのは誰だったか忘れたが、いつでも僕の肩の後ろにはけんけん堂がいると思わねばなるまい。僕が弱った瞬間・・・トントン、お先にね。と、くるわけだ。

 ウルトラマラソンは、競技人口がどんどん増えているらしいが、それでもまだまだマイナー競技であるのは確かだ。トレーニング法もレースの組み立ても、まだ確立されていないように思う。何をしたら勝てるかわからない、逆に言えば、自由に取り組んで良い。そこが魅力でもあるわけだ。僕のスタイルで言うと、自分のボトルネックとなっている要素を探し、研究し、「これだ」というテーマが見つかれば、猪突猛進に追求する。それがツボにハマれば翌シーズンは大躍進で、前年よりも1時間以上のタイム更新てのもザラである。逆に、安定感は皆無。大勝か惨敗。ああ。そういえば博打打ちとしてもそうだった。麻雀はずいぶんやりこんだが、熟練者でも、僕がノっているときは止められなかったものだ。不調時は初心者にも負けるわけだが。そして、そんな自分のスタイルが嫌いじゃないw

 例のレースの日は、僕の誕生日でもあった。ついに40の大台に乗った。不惑、か。年の功か、最近自分でも、目に見える物事の薄皮一枚向こう側を見て考えるようになった実感はある。猪突猛進は変わらないが、矛先がわずかに変わった気がする。今回の大敗は、契機になるような気がする。来シーズン、早ければ今シーズンの末にでも結果になってくれるかもしれない。ウルトラでもトライアスロンでも、40台前半はアマチュア最強エイジである。「ぬぉぉおおおお!!!やるぞーーーー!!!」などと気張らず、静かにそっと確実に進もうではないか。オヤジらしく、でも猪のように。

ではまた。


いつか、どこかの100kmマラソン

プロローグ

 彼は歩道のアスファルトに寝転んでいた。泣き出しそうな曇り空を眺めて、静かに思う。やれやれ、にっちもさっちもいかぬことになってしまったな。空を眺める視界の隅では、彼の3歳になる末娘、マーシーが心配そうにこちらを覗き込んでいる。彼はすでに敗北を受け入れていた。同時に今、もうひとつのレースがスタートしたこともわかっていた。さぁ、第二ラウンド、地獄の進軍がはじまる。彼は腹筋の痙攣に顔をしかめつつ、体を起こすのであった。

CH.1 号砲

 M島100kmマラソンの号砲が鳴ったのは、午前5時であった。風光明媚な観光地として知られる当市も、今はまだ闇に包まれ、静かな海鳴りが響くのみである。このマラソンは、M島をぐるりと一周し、14時間を制限にスタート会場にもどってくる。100kmマラソンと謳っているが、距離の足底が比較的曖昧で、年によって100kmだったり、102kmだったりする。彼の知る限り、100km未満だったことはない。彼にとっては今年で7度目の挑戦だった。最初の年は完走できなかった。60kmあたりで完全に脚が動かなくなり、「無理ゲー、無理ゲー」と呪詛を呟きながら80kmまで粘り、ついに折れた。翌年は出走せず、翌々年、ついに念願の完走を果たした。13時間以上を費やしたが、人生の一大事業を成し遂げたような達成感、陶酔感に酔いしれた。その後は毎年出走し、完走を続けている。昨年にはついに9時間台をマークし、地元一位の称号を得るに至った。当然今回も、その称号を防衛しつつ、ベストタイムを更新するつもりだった。それが当然だと思っていた。
 マラソン大会というのは大抵、テンションの高ぶった選手たちが、号砲と同時に、実力に不相応なスピードで突っ込んでいくものだ。序盤でのオーバーペースは、後半での大失速につながることを彼は十分承知していた。人間魚雷についていってはいけない。綿密に試算した設定ペース、作戦を守ることが大切であった。最初2kmをウォーミングアップ、次の2kmをフォームとペースの安定化に使って、そこから予定の巡航ペースに乗るつもりだった。作戦通りにいけば、トータルで8時間半、地元勢の記録更新を狙えるはずだった。

CH.2 予兆

 彼は友人のKKDと無言で並走していた。 KKDの蛍光オレンジのトップスが眩しい。KKDは彼にとって、どうしても負けたくない相手だった。珍しい趣味を共有する仲間であると同時に、レースにおいては、歯ぎしりするような敵でもあった。彼はKKDに対して、スピードで負ける気はしなかった。KKDの持ち味は圧倒的な安定感であり、彼のレース運びが上手く行かず、失速したときにKKDにつかまるというのが、負けるときのパターンであった。案の定、KKDは彼の序盤のペースに無理について来る気はなかったらしく、徐々に後退し、気配は消えた。彼は知っている。怖いのはこれからだ。一度開いたKKDとの距離が縮まり始めたときが、破綻への序曲なのだ。
 今、彼より前を走っている選手は30人くらいだろうか。50人はいまい。参加者が600人くらいなので、いい位置で走っているとも言えるが、オーバーペースのリスクも高い。このペースを最後まで維持できる選手は、片手で足りる程度だろう。当然彼は、その片手に入るつもりでいた。闇の中、ランナーたちの息遣いとさまざまなピッチの足音、月明かりを感じながら思う。今の自分は、なんて美しく走っているのだろう。昨年の夏からずっと取り組んできたフォーム改善は、ついに完成の域に至ったと感じた。全身が狂いなく連動し、着地衝撃がスムーズに次の跳躍の推進力に変わっていくのを感じる。まるでネコ科の動物になったような気分だった。だが、その陶酔感とは裏腹に、奇妙な違和感も覚え始める。妙に喉が渇く。お尻のあたりに触れてみると、すでにウェアが汗で重くなっている。走行距離はまだ5kmに満たず、ランニングに最適とも思える気温であるにもかかわらず。だが、のどの乾きや発汗量というのは、意思で制御できる事象ではない。走る喜びを堪能しつつも、一抹の不安を抱えながら、彼は闇の中を走り続ける。

CH.3 明らかな違和感へ

 片道4kmの長大な橋が、二度目の折返しポイントだ。まだ暗い往路でトップ選手とすれ違う。すでに2位とは圧倒的な差をつけている。そして、彼が復路にさしかかるころ、東の空が白み始めた。折返しポイントというのは、後続選手たちの様子を探るのにちょうどよい。KKDの蛍光オレンジのシャツはすぐに目についた。ざっくり、1kmくらいの距離だろうか。時間にすれば約5分。ほぼ計算どおりである。すれ違いざま、目線を交わす。お互い、負けねーぞ、というオーラをぶつけ合っているようでもある。彼は思う。次の折返しポイントまで20km弱。そこで距離差が2kmに開いていれば、勝算は大きい。もしも1kmのままなら、かなり危険、縮んでいたら配色濃厚というところだ。
 この往復8kmの橋のエリアは、速く走っても遅く走っても景色の変化がなく、大型船を通過させるための大きなアップダウンもある。メンタル的な負担の大きいエリアだ。まだまだ序盤のここで、体力はもちろん、精神を消耗するのもアウトだ。彼もそれは承知で、焦らず、息を乱さぬよう、淡々と坂を越えてゆく。
 橋を渡りを終え、市街地を走りながら彼は思う。この大会も、ずいぶんとえげつなく運営コストを削ったものだ。わかりにくいコーナー、信号だらけの大通りにも、走路員がいない。仮設トイレがひとつもない。エイドステーションも激減した。参加費は同じ、参加者も同じくらいなのに、浮いたオカネをどうしたというのだろう。その苛立ちを客観視しながら、自分の精神状態も不安定なことに気づいた。不正横領邪悪に対して憤ることと、アスリートとして平常心を失うことは別の話だ。自分の中で、なにか良くないことが起きているのかもしれない。エイドステーションでは毎回、スポーツドリンクをコップ二杯と、食べ物があるところではオレンジを何切れか詰め込んできた。脱水が怖いので仕方ないのだが、このペースで給水を続ければ、胃に深刻なダメージを受ける可能性が高い。さらに、発汗過多で多量のミネラルを失えば、筋肉の痙攣を誘発する。小さかった不安は、徐々に危機感に変わりつつある。

CH.4 ステージ2へ

 50kmを過ぎた。まだまだ、フルマラソン1本分の距離が残っている。長い上り坂を越え、ふらふとたどり着いたエイドステーションに、末娘のマーシーがいた。所用で午前中忙しい彼の妻の代わりに、友人の女性がマーシーを連れて応援に来てくれたのだ。マーシーはいつも家族のようにかわいがってくれる彼女を「おかーたん」と呼ぶ。彼は思わぬところで二人の姿を認めて、一瞬目を疑ったが、なんとか苦悶の表情から笑顔を作る努力をした。エイドでスポーツドリンクを飲んだ直後、いよいよ胸焼けに耐えきれなくなり、裏道に入って二度嘔吐した。黄色い嫌な匂いのする液体に、オレンジの薄皮がいくつか混ざっていた。胃を空けたら少しだけ気持ちがラクになった。ああ。負けたな・・・。
 ここに到達する前の折返しポイントで、KKDとの距離は約1kmのままだった。遠目にオレンジ色の光点を見たとき、それがKKDでないこと願ったが、虚しいことだった。実際、彼がKKDに抜かれるまでに、時間はかからなかった。彼のレースは終わった。
 ウルトラマラソンは、第一義的には、他の陸上競技と同様、ゴールタイムを競うスピードレースである。だが、そういう意味でウルトラを走りきれる選手は、参加者のうちの数%だ。多くの選手達は、ウルトラマラソンの第二義的側面である、サバイバルゲームに参戦することになる。即ち、脚がイカれ、胃を壊し、心が折れるか折れぬかのギリギリのところで踏みとどまりつつ、制限時間内にゴールを目指すということだ。
 彼はマーシーとおかーたんに挨拶をして走り出そうとするが、突如腹筋の痙攣に襲われ、立ち止まる。背中を反らせて腹筋を伸ばそうとすると、次に背筋が痙攣する。仕方なく座り込もうとすると、今度は太ももが痙攣し、膝が曲がらない。四苦八苦して腰を下ろしたが、お腹の薄い皮膚の下に、ゴルフボールのような物体がうごめいている。顔をしかめてそれをマッサージして、なんとか鎮めるが、次の瞬間には別の場所にゴルフボールが出現する。彼は諦めて、寝転がる。やれやれ、にっちもさっちもいかねぇな。よく見れば、肘やふくらはぎで、大量の塩が結晶化している。多量の汗の水分が乾き、塩分だけがそうやって残ったようだ。これなら痙攣が起きないほうがおかしい。内心、苦笑いする。
 しかし、彼は自分でも意外なほど、絶望してはいなかった。初期の違和感からして、この状況はありうることだったからだ。とにかく今大切なことは、気持ちを折らずに前に出ることである。レースは終わった。さぁ、サバイバルの始まりだ。初心に帰るというのがふさわしかった。彼が長距離種目に挑戦し始めた頃、それはいつもサバイバルだった。自分が限界と呼んでいた壁の向こう側に到達すること。壁の向こうにはまた壁があるが、それもまた乗り越えられること。そうして少しずつ自分の世界が広がっていくことに喜びを感じていた。今回、思わぬところで壁にぶつかってしまったが、それを乗り越える喜びを忘れてはいなかった。

CH.5 犯人探し

 筋肉は騙せる。もう少し難しいが、胃も騙せる。痙攣や筋肉痛、吐き気と折り合いをつけながら走ることは、ウルトラの世界では必要なスキルだ。彼にとってもっともガマンできないことは、「代謝系の異常」であった。自律神経のトラブルと言ってもよい。超低速で走っても、あるいは歩いているだけでも、酸欠状態のように息が上がる。涼しいのに大量発汗したり、逆に突然、低体温症になったりする。低体温症は最悪中の最悪で、リアルに生命の危機を感じる。低体温症だけはなんとしても避けねばならない。
 彼は、時に走り、時に歩きながら考える。彼は典型的理系タイプの人間で、脳内はいつも文字の驟雨にさらされていた。夢中で走っているときだけが、文字を忘れられる瞬間だったのだが、今回のようにボロボロになってしまっては、それもかなわない。仕方がないので考える。なぜこうなってしまったのだろう。
 レース計画は問題なかった。ペース設定も、十分な練習データから、危険値を考慮した上で算出し、しかもレース本番でも、それに執着することなく、必要に応じて目標を下方修正した。天候も問題なかった。装備も問題なかった。エイドが減ったのは面白くなかったが、致命的ではなかった。練習量については、完璧だとすら思った。そして、ようやくレース序盤の、大量発汗に思い当たった。そうだ。最初から悪かったのだ。つまり、この現状は、スタート前に約束されていたわけだ。彼は愚かにも、バッドコンディションでレースに臨み、しかも潰れるまでそれに気づかなかったというわけだ。
 計算上、まだまだ5~6時間を路上で過ごさなければならない彼は、さらに考える。これは典型的な失敗レースのパターン。快走できなかったレースの多くは、大なり小なりこのパターンだ。この負けパターンを克服することこそ、競技者として最優先課題なのではないだろうか。そこでふと、彼が何年も前に、憧れだった先輩アスリートから聞いた言葉を思い出した。
「俺は大して速いわけじゃないよ、コンディショニングが上手いだけさ」
彼は自分なりに一生懸命走り続けているが、明らかに不格好にフォームが乱れたオジサンランナーが彼を抜いていく。歯ぎしりをしながらも、彼は「犯人」の見当がついたことに満足していた。コンディショニング。なぜもっと早く気づかなかったのだろう。

 CH.6 ゴール

 その先は、定番のサバイバルゲームだった。残りの距離を数えては、数えてはいけないと自分に言い聞かせ、もう無理だと思っては、歩いたり座ったり寝転んだりして、体が冷えて低体温症に襲われる前に動き出せと自分を鼓舞し・・・。着地の衝撃を逃がすように、苦痛と苦悩に正面からぶつからないように、ゆっくり少しずつ確実に残りの距離を削っていく作業。痙攣も吐き気も襲ってくるが、最初のときよりは軽くなった。サバイバルをサバイバルとして受け止める以上、彼にはそれなりの自信はあった。一度も、ゴールを疑いはしなかった。
 耐え難きに耐え、ついに残り1kmの標識を確認したとき、彼は最後のリミッターを解除した。余力を持ってゴールゲートをくぐることだけは、許せなかった。「限界」は自分が設定しているだけである。残り1kmならば、瀕死の状態からでも全力疾走する自信があったし、ゴールしてからなら動けなくなっても構わなかった。コツはもう知っている。脳の奥の方にある、黄色と黒のシマシマで縁取られた箱に入った、赤いボタンを押すだけだ。その瞬間、その後の数分間、彼の肉体はスタート前のフレッシュな状態だった。レース全体を通して最速の、キロ4分半ペースで疾走した。数分前に彼を抜いていった選手たちを、ごぼう抜きにして爆走する。ゴールゲートから会場アナウンスが聞こえてくるが、何を言っているかよくわからない。昨年はここで、「地元一位の選手が帰ってきました!」というアナウンスに酔いしれたのだが。結局彼は、ペースを落とすことなく、むしろさらに上げながら、ゴールテープを突き抜けて、そのままアスファルトに倒れ込んだ。ラスト1kmにおいてはじめて、彼は自分を勝者だと思った。

(完)

※当作品はフィクションです。実際の人物、団体とは関わりありません。

おまけ

ゼッケンの裏にロキソニンを仕込んでいたそうですw


レース前夜の不毛世界

ども。sassyです。

こんなレース前日、一番ナーヴァスなタイミングで、ブログなど書くつもりはなかったのだが、素敵なファンレターをいただいて気が変わった。
「100kmとか走る変わった人の、レース直前の苦悩煩悩懊悩を文字にしてクダサイ( ゚∀ ゚)」
なるほど。それは試みたことがない。どうせ毎度のこと、このタイミングではろくな思考が浮かんでくるはずがないし、眠ることもできないのだ。いい気晴らしになるかもしれない。
この、興奮と無力感が数分おきにやってくる状態で、脳内に去来する有象無象の思考を文章化すれば、おそらくそれは狂気じみた文字列になるだろう。だが、吉田兼好がそう宣言して書き出した徒然草は、文学として後世に残っているわけで、試してみる価値はあるのかもしれぬ。

7:30 起床

今朝まで、宿にはゲストさんが泊まっている。朝食の支度はマナが担当するので、僕はテーブルセットや配膳に間に合うように起きる(前夜の後片付けとトレードオフという取り決めなので)。例の足底筋膜炎にやられたのが9月末ごろだったか、それ以来、寝起きに踏み出す第一歩は希望と不安の挑戦だ。そしてその希望は毎回打ち砕かれることになっている。左の踵に体重を預けた瞬間の激痛。ああ。やっぱりか。この踵で100kmに臨むのは避けられそうもないな。

僕は基本的に朝が弱い。ゲストさんがいないときには、7時台に起きるのが困難だ。体に血が巡っていない感じがする。とりあえず体重計に乗ってみる。63.3kg。レースは62kgくらいで臨みたいので、少々オーバーだ。が、まぁどうでもよい。フルマラソン程度ならともかく、100kmにおいては前半50kmを準備運動くらいに考えなくてはならない。30kmも走れば、体重は1~2kg減ってるだろ。実を言うと、今週に入ってから一度も体重計には乗らなかった。一喜一憂するのがイヤだったからだ。1週間前に自分なりの基準値をクリアしていればいいや、と、最近はそう考えるようになった。心拍数は取り忘れた。まったく、抜けている。だがまぁ、今日の感じなら、42~46の間くらいだろう。体温も測っていないが、36~36.5だと思う。実際に測定するのは、確認作業に過ぎない。

8:30 口論

どうでもよいことでマナと口論する。反論と言い訳を左脳が自動構築していくのを俯瞰しながら、「この10年でずいぶん幼くなったなぁ」としみじみつぶやいている自分がいる。そう、10年くらい前、30歳前後のころが、僕の「理性的人間」「社会的精神」としてのピークだったと思う。何事もポジティブに捉え、負の感情を排除し、他人の不手際や偶然の産物すら、自分の責任として背負う。日々、「理想の自分」と「現実の自分」のギャップを埋めていく作業に余念がない。たぶん、そういう自分に酔っていたんだな。なるべくして、あるときに破綻した。本能を否定し、理性を打ち立てたことが人間の苦悩の始まりである・・・とか、ニーチェが言ってたっけ。理性と本能を共存させながら、綱渡りしていくのが人間である。理性を否定すれば獣に成り下がるし、本能を否定してしまえばロボットだ。

今でも時々思い出す。例の30歳前後のころ、経営者の集いで見かけた面々の薄気味悪さ(自分もその一人だったわけだが)。常に笑っている口元。決して笑わない目元。ふとした言動に垣間見る狡猾さ。ああ。二度と付き合いたくないな。

結局はあるがままでよいのだ。理想の自分などといった幻想は、できるだけ早く、ゴミ箱に捨ててしまうのがよい。獣は獣としてあれば美しいし、人間は人間として、くだらないことに一喜一憂し、煩悩に振り回されながらも懸命に綱渡りをしていけばそれで美しいのだ。

9:00 朝食

ましろと朝食を食べる。朝のコーヒーが大好きなので、どうしても洋食になる。ゴハンとコーヒーはどうもミスマッチに思うので。いつもはトーストだが、今日はいただきもののチーズケーキがあったので、美味しくいただいた。トーストも食べたかったが、体重計に乗ってしまったがために食欲が失せた。なんだ、やっぱり気にしてるぢゃんか。

ましろがうれしそうにチョコパンをかじるのを眺めながらしみじみと思う。こいつ、かわいいよなー。もちろん、上のふたりの娘たちも同じくらいかわいいと思う。そして次の瞬間、なぜ自分は、「かわいい娘たちと一緒に過ごす限られた時間」に満足し、没入しきれないのだろうかと思う。そこに、人生観とか勝負とか、そういうものを持ち込まずにはいられないものだろうか。自分は40を目前にして、未だにないものねだりを続けているのだろうか。うむ。そうかもしれない。だが、「ないものねだりをやめろ」というのも、自己否定の一種であり、理想の自分を追うことであり、即ち、ないものねだりなのだ。これが自分だ。幼稚かもしれぬが、そういう人生だ。シェークスピアの言うように、人生が舞台だとするならば、この面倒くさい自分という役を、せいぜい演じきろうではないか。

10:00 雑務

チェックアウトしたゲストさんを見送ったら、月曜日のためにルームメイクをせねばならない。レース翌日は、心身ともにゾンビのようになっているはずなので、やれることを先にやっておくのが賢明だ。月曜日は大人9名様の貸し切り。3部屋を掃除して、上下18枚の布団にシーツをかけるのは、ちょっとした重労働だ。が、やり始めてしまえば、苦にはならない。単調作業というのも嫌いではない。例えば、布団にシーツをかけるというだけの作業にも、「動きの美しさ」を求めることができる。人それぞれの好みによるだろうが、僕の場合は、「最短の手数で、合格ラインの美しさ」がモットーだ。リネン庫と客室の往復数、布団を裏返す回数、掃除機のコンセントを差し替える回数などを最小にしつつ、一定以上のクオリティをキープする。詰将棋みたいだな。新しい手順を発見すると、うきうきする。

こういう雑務や、家事全般は、ナーヴァスになっているときにはいいものだ。自分は今、必要なことをしている、という感覚が、気持ちを落ち着かせてくれる。

12:00 長女

いつの間にか、みぃが帰宅していた。今日は、来週の小学生駅伝に向けて、練習会があったようだ。先日、校内持久走大会(1.5km)を走る姿を見たが、あの運動嫌いのみぃが、ずいぶんたくましくなったと思う。まだまだ荒削りではあるが、フォームもなかなか様になっているではないか。いつの日か、一緒にトラックでタイムを競ったり、マラソン大会に出たりする日がくるのだろうか。うん。それはもちろん悪くない話だが、できるだけ、子供に価値観の押し売りはしないような親でありたい。ま、陸上はともかくとして、マリオカートではすでに互角。まだしばらくはオヤジの意地を見せたい。僕ら世代の親に多いと思うが、うちも例外なく、彼らはファミコンを諸悪の根源のように思っていた。その目を盗んでプレイするゲームは、蜜の味であったw その親世代は結局、世界のIT化の波に飲まれ、使えないくせに偉そうなロートルというレッテルを貼られている。新しい世代の遊びには、無理しない程度に付き合っていけるオヤジでありたいものだ。

13:00 昼食

マナが唐揚げを作った。先程口論したことをもう忘れたかのような、華麗な身のこなしだ。内心どう思っているのか、15年も付き合っていて未だによくわからないが、僕も見習うべきところだとは思う。それを娘たちとギャーギャーいいながら食べる。ゴハンは冷凍米。仕事柄、ゲストさんたちに炊きたてを用意するため、残っていたゴハンを冷凍する。それがこういうときに食卓に出る次第だ。ん?全く不満はない。僕にとって不満なのは、まだ十分食べられるものを捨てることであり、こうして上手に使い回すことは、むしろ満足なのである。それにしても、ましろはマヨネーズを使いすぎだ。唐揚げにマヨネーズをつけるのではなく、唐揚げにつけたマヨネーズをしゃぶっているのではないか。「パパ、マヨネーズ、もっと!」というので、「駄目!マヨネーズ食べ過ぎ、もう終わり!!」と突っぱねる。さすが三女、「ふん、やっぱりね」という顔をして、アイスクリームのコーンを食べるがごとく残りの唐揚げを詰め込み、退席。

14:00 エントリー

明日のレースの最終エントリーに行かねばならない。ゼッケンを始めとする装備品を受け取るためだ。遅れると混み合うし、明日は午前3時頃起きねばならないので、用事は早めに済ませたい。エントリー会場は、当日のスタート/ゴール会場でもある、下地体育館。うちから20km。軽トラに乗って、明日のラスト20kmのコースをトレースしながら会場へ向かう。BGMは中島みゆき。

♪年を取るのは素敵なことです、そうじゃないですか
♪忘れっぽいのは素敵なことです、そうじゃないですか

軽トラ運転席の垂直な背もたれ、1月とは思えぬ日差し、中島みゆきの湿っぽい歌が、奇妙に調和して、心に染み込んでくる。あと24時間もすれば、結論が出ている。この最後の20km、明日の自分はどう走っているのだろうか。7回目の挑戦。有頂天も経験した。地獄も見た。このあたりに差し掛かるころには、レースとしては9割決まっている。宮古で鬼坂とも称されるこの20km。ここを颯爽と駆け抜ける輝ける自分と、壊れた脚を引きずりながら一歩一歩に悶つつもゴールに向かう自分。レースのことを多く考えると、あまりに多くの期待と恐怖が去来し、それがしんどいので、無心に軽トラを運転することにする。

会場はすでに多くの選手がエントリーに集まっていた。思ったより待たされる。僕の感覚では、この大会は年々予算を削られている気がする。スタッフの数が減り、ガイドブックが薄くなった。以前は2セット配られていたゼッケンも(途中で着替える選手への配慮)、1セットになった。残念ながら宮古島行政は、土木工事と外国人誘致に夢中で、それ以外の「カネにならない」ことは、どんどん削減したいようだ。

例年なら、このエントリー会場で、知り合いを探して声をかけたりするところだが、今年はそういう気分にならず、早々に退散した。知り合いに会って、そういう気分でもないのに軽口を叩いたり、レースの抱負云々を語ったりする自分を見たくなかったのだ。静かにしておこう。この1年、たぶん自分は、少なくともこの宮古島では、他の誰よりもこのレースのために練習を重ねたはずだ。そういう自負がある。余計なおしゃべりは、それこそ蛇足というものではないか。イヤでも結果は出る。あと24時間経てば。そしてふと思った。ああ、受験生みたいだな、と。やるべきことをやってきた自負はある。いや、この日のためにやってきたのだ!だが、この自分の1年を、合か否かで一刀両断されてしまうことの恐怖・・・。あの炎天下のインターバルも、雨の中の60km走も、痛みを逃す創意工夫のあれこれも、「否」の一字で灰燼に帰すのであろうか。そうかもしれぬ。そうではないかもしれぬ。どうでもいいから、早くスタートのピストルを鳴らしてほしい。そうすれば、考えるのをやめて走るだけだから・・・

15:30 支度

帰宅したらさっさと明日の持ち物を揃える。トライアスロンには比べるべくもないが、フルマラソンよりはかなり荷物が多い。この中の半分くらいは、「使わないつもり」のものだ。100kmマラソンではたいてい、50kmあたりの中間エイドステーションに、荷物を送ることができる。着替えや予備シューズ、お気に入りの補給食や応急処置セットなど、選手ごとに中身を工夫する。僕は今回、この中間エイドを飛ばすつもりなので、ここに送る荷物は、敗戦処理の保険ということになる。たとえレース計画が破綻しても、リタイアするつもりはないからだ。そこには、防寒着や雨具、ワセリンなどが含まれる。これを使う事態になりませんように。。と思いながら袋に詰める。

16:00 ブログとビール

いよいよ憂鬱な一日も終わりが近い。明日は3時頃には起きたいので、今日は19時頃には床につきたい。どうせ眠れない、というか、レース前日に熟睡できた試しなどないのだが。昔は、レース前3日間は断酒!!なんてやっていたが、それもまた気負いにつながるので、やめた。特にウルトラでは、前半50kmを「かったるいくらいに」セーブするのが、ベストレースへの秘訣だと思う。走り出しから絶好調、ってのは、終盤に地獄行きだったりするのだ。だからもう、レース前といえど、自分の中の許容範囲内で、テキトーに過ごす。さすがにアルコールで消耗するのは間抜けなので、ビール4本までにしておこうとは思う。どちらにしても熟睡はできないだろうし、夢を見るとしたら悪い夢だ。だが僕ももう初心者ではないので、大丈夫。不眠でも100kmは走れるということをすでに理解しているから。

さてさて、書き終えて読み返してみても、正気か狂気かよくわからないモノになってしまった。まぁいいや、同じことさ。色即是空。
ではまたレースレポートで。


走ることが純粋に楽しくないですか。

ども。sass@ビフォレースブルーですw
勝負レースのワイドー100kmが明後日。どんなに楽しみなレースでも、気合入りまくりでも・・・いや、気合入れてたレースほどむしろ、レース直前にブルーになる。マナに言わせると、「メンタル弱いね」ということになるのだが(苦笑)、最近はそのメカニズムがだんだん理解できてきた。もちろん、僕の場合、という条件付きだが。悩ましいのはこの「調整期間」というやつで、つまり、練習で溜め込んだ疲労をレースに向けて抜いていき、当日にベストコンディションを狙うわけだが、これが難しい。というか苦手。練習量を落とすと、どうしても一緒にモチベーションが落ちてしまうのだ。練習してないと落ち着かない。それもなるべく高強度で。うーん。やっぱりメンタル弱いのかww

さて、表題の件。
4,5年前だったかと思うが、某先輩アスリートがFBで書いたこと。レースに出るのも、勝負に勝つのも、走り終わってからビールを飲むのもそりゃ楽しいだろうけど、走ることそのものが至上の楽しみじゃないか、というような話だったと思う。ようやく、ほんとにこの数ヶ月で、自分もその境地に届いたなぁ、と思う。

先輩のその話は、当時の僕には少々難解であった。
どんなレベルのランナーであれ、「結果」を求めて走るのではないか??ダイエット、達成感、自己管理、自己実現、大会のムード、仲間たちとの打ち上げ、金メダル、国民栄誉賞w・・・そういうの全部なしでも、果たして楽しいのか??
当時は「否」であった。

だが、楽しいのだ!!多分これは本能なのだ。鳥は楽しくて飛んでいるだろうか。多分楽しいはずだ!同様に、魚は泳ぐことを楽しみ、サルは木登りを楽しんでいる!証明はできないが、きっとそうだ。
鬼ごっこというのは、実に意味のない遊びだが、子供たちは本当に楽しんでいる。最近、ランニングが、子供時代の鬼ごっこのように楽しい。素朴な満足感が、脳みその奥の方を満たしてくれる。

相変わらず左足は痛く、完治の目処はつかない。明後日は痛み止めを飲んで走るつもりだ。こんなに楽しくて、こんなに痛くて、こんなにブルーw
楽しみで不安。

今回のレース、ここでは目標公開はしないで置くことにした。いつも気負いすぎなのよね。「できるはずのこと」よりも「できること」。「理想のベスト」よりも「当日のベスト」。心身ともにリラックスして臨むことが、結果的には自己ベストにつながると思う。
また結果報告します。

では。


昨年の走行距離は4240kmでした

明けましておめでとうございます。sassyです。
宿屋を始めて3年半。例年通り、宿屋のオヤジをやっているうちに、いつの間にか年が明ける大晦日だった。こたつに入って熱燗をちびちびやりながら、紅白を横目で見て年を明かす正月が懐かしいような・・・そうでもないようなw

昨年を振り返りつつ、気持ちを新たに新年の抱負を・・・などと少し考えてみたが・・・。

昨年の反省は、走っていて怪我をしたこと。
新年の抱負は、もっと速く長く走れるようになること。

なんだそりゃ、ブラック企業の新年会かよww
と自分で突っ込む。なんて退屈な奴だw

どうでもよいついでに、昨年の統計データを載せておくことにした。

ランニング走行距離:4240km
バイク走行距離:1789km
スイミング距離:8019m(誤差あり)

10月は怪我でほとんどランニングできず、その間バイクに乗っていた。実に1ヶ月で1000km。実質ランニングに費やしたのは11ヶ月と考えると、月平均385kmくらいだ。ふーむ、意外と400いかないもんだな。マラソン上級者においては、走行距離と走力は比例しないというが、それはさておき、統計データを眺めるのは楽しい。数字の羅列が、自伝のように見えるから。
「あー、あの頃そんな練習にハマってたなぁ(的外れだったな)」
「あのときのレースで初めて入賞したよなー(戦略めちゃくちゃだったクセに)」
とかいろいろ思い出して、自己満足と自嘲に浸るのであるw

まぁまぁ、そんな感じで、今年も走るだけのブログを書いていきたいと思います。どうぞ引き続きよろしく。
ではまた。

追伸:こんな僕に年賀状を送ってくださった皆様、本当にありがとうございます。大変失礼とは存じますが、今年も僕は年賀状を一通も出しておりません。何年か前に「辞める」決断をしたからです。「価値観の断捨離」と思っています。いただいた年賀状は、返信こそしませんが、感謝とともに拝読しております。


やっぱりやろう、トライアスロン

ども。sassyです。
宮古島の天候が不安定すぎて、体調がおかしくなりそう。今日はしとしと雨の湿度90%。梅雨かよ。
年末年始は、予報によれば「暴風雨」だとか。やれやれ・・・

さてこの時期、宮古の長距離アスリート業界でもっぱら話題になるのが・・・4月の宮古島トライアスロン(ストロングマン)の当落。島民選手とはいえ、応募すれば出られるわけではなく、厳正なる「謎選考」により、出場の可否が決まるのだ(苦笑)。僕の主観だが、女子選手と前年度の地元トップ10の選手は当選率が高い気がする。もちろん、大人の事情や闇の勢力の影響も・・・いや、あまり書きすぎると身が危険かw

えー、つまりなんの話がしたいのかというと、、僕は当選をいただいたので、ストロングマン出場します!はい、このブログでは当分トライアスロン休業とか書いてたのに、実は応募してたわけで、しかもそれで当選してしまって、なんかスミマセン。だって、観戦つまんないんだもん。アスリート仲間とかいっぱい走ってて、キャッホーな感じなのに、自分だけ蚊帳の外みたいで、結構切ないのだ。前年度欠場したし、落選する可能性も高い気がするけど、落選なら諦めがつくからとりあえず応募するか、と。

さて、当選したはいいが、トライアスロンは準備が大変。参加費だけで4万円。さらに、前回ダメにして捨ててしまった道具を買い直さなくてはならない。

多くのモノは島内では買えないので、通販サイトで。はっきりいって、どの商品がいいのかはよくわかんないけど、コスパの良さそうなのをエイヤーで決める。ただし、最安値は避ける。粗悪品に当たるのはイヤだし、道具を大切にする気持ちを忘れがちだから。届いた商品が自分にマッチするかどうか、ある意味ギャンブルだが、それもまぁ勝負の一部だと思っているw

こういうのは後回しにするとテンションが下がるから、当選当日のうちに!
今回、Wiggleというイギリスの通販サイトを利用。自転車乗りには有名なサイトらしく、割引率が高くて評判が良いとか。

まずはウェットスーツ。
スイムに絶対の自信がある選手はともかく、着るのが常識。前回、大会当日にふとももが破れてしまって、ガムテープで補強して泳いだww 大会後、廃棄。

zone3 Aspire ウェットスーツ

zone3 Aspire :なんと70%オフ♪

今回選んだのはコレ。よくわかんないけど、7万くらいするウェットスーツが2万円で買えるって!ただしワンサイズのみ!そしてそのサイズが僕の欲しいサイズ!即買いですな♪
ちなみに、翌日に見たら完売になってた。スゲー俺ww

もうひとつがエアロバー。
以前使っていたのは、多分ネットで最安値のやつだったと思うのだが、ネジ周りがサビまくって、「また出場することがあれば買い直そう」と思ってこれも捨てた。
普段の練習はエアロバーなしでやっているが、レースとなると絶対必要。パフォーマンスが全然違ってくる。

Deda - Parabolica Due クリップオンバー

Deda – Parabolica Due クリップオンバー:30%オフ!

これも1万円くらい。以前使ってたのは、肘パットの位置が二段階くらいしか調整できなかったが、コレはかなり自由にセッティングできそう。ロングトライでは、何時間もここに肘を乗っけてるわけだから、結構大事。多分。

さぁさぁ、必要な道具も注文したし、ワクワクしてきたぞ~♪
僕のメイン競技はあくまでもマラソンだが、せっかく出るんだから、ベストパフォーマンスを狙いたい。一番下手なスイムは例年並み、バイクは時間がないなりにテクニックを磨いて、鍛え上げたランで最後をブッちぎりたいな。過去3回、300位ちょいの成績だから・・・まぁ欲張らずに100位くらいを目指してw

勝手わがままな私ですが、応援よろしくです♪


今度はアキレス腱とか言うなよ・・・

ども。sassyです。
ここのとこ、テンションの浮き沈みか、モノを書く気分になれず、しばらくブログ放置であった。うん。気分大事w

ランニングの方はおおよそ順調で、年間メインレースである、ワイドー100kmマラソンへの追い込み練習も残すところあと5日くらい。その後約3週間は、ブラッシュアップと疲労抜きの調整期間になる。体をウルトラ仕様にチューンナップするため、7週連続の60km走を計画し、なんとか6週までやりきった。

が、、6回目、つまり前回の60km走でちょっとトラブった。それまで、宮古の気候は冬に向けて順調に涼しくなってきており、身体がロングに順応するのもあって、ランニングペースは右肩上がりであった。が、気候が突然反転し、その日は夏のような暑さに。気温は最高で約27℃!「キツくなりそうだなー」とは思いつつも、更にペースアップする方向で走り出したのが失敗。尋常ではない汗をかきながらも、20kmくらいまではハイペースで絶好調。が、そこから失速、30kmあたりでは、もうヘロヘロ。服やポーチが、乾燥した汗で真っ白。やっちまったなー、と思ったときには手遅れで・・・。なんとか60km走りきったものの、夜中に足や腹筋の痙攣で悶絶する始末ww

これで済んでいれば、マラソンあるあるネタに過ぎないのだが、一日休憩を入れて翌々日の練習後、(その日のメニューは坂道100mダッシュ20本&10kmジョグ)、左アキレス腱に痛みと軽い腫れ。やーな感じ・・・。調べてみると、アキレス腱炎の症状にピッタリ。まぁ生活に支障ない程度だし、気にしなければ走れる程度なので、軽症だとは思うが・・・。

「軽症のうちに治せ」というのは、前回の足底筋膜炎で得た教訓で、1週間程度おとなしくしてるくらいの忍耐は身についたと思う。だが、気が滅入るのは、「フォームの見直しが必要かもしれない」ということ。まだ授業料が足りないのか!?猛暑を越えて、怪我も乗り越え、やっとここまで作り込んできたのに!?ダメ??やり直し??それだけは・・・。いやいや、走っているときの感じからして、「すっごい気持ちいい!リラックスしてるのにスピードが乗る!絶対にうまく走れてる!」という実感があるのに、そんなことないんじゃないのか??

ともかくまぁ数日間安静にして様子を見るしかない。そんな中、さんさーらのお客さんと飲んでおしゃべりしていたら、よくある流れで、話題がスポーツの方向へ。なんとそのゲストさんは、スポーツ専門の整形外科医だという。プロ選手も通う病院では、「とにかく絶対安静」という安易な治療方針は極力避けるらしく、練習を続けながらも(強度は落とすと思うが)、手術や劇薬に頼らず、後遺症やリスクの少ない治療法を提案していくというお話。すげー、めっちゃ行きたいw で、足底筋膜炎やアキレス腱炎の対処療法として、患部に生理食塩水を注射するという手法があるらしい。それだけで、筋肉や腱の「すべり」がよくなり、痛みが軽減されるとか。機械に油を差す感じだろうか。その逆パターンで、脱水症状などが原因で「すべり」が悪くなり、炎症を起こす可能性もあるという。

その話を聞いて、肩に乗っていた重いものが取れた気がした。ちゃんと診療を受けたわけではないし、可能性の話でしかない。でも、「あの日の練習がマズかったから」というのが理由の候補になっただけで十分。もしも悪い結果が待っているとすれば、どうせそれは避けられないもので、遅かれ早かれ衝突するしかないわけで、それまでの気分って結構大事。これからは、ランニング中もそれ以外も、アルコールフリーの水をもっとたくさん飲もう。うん。気分大事w 

レースまで残り1ヶ月弱。やるべきことは8割以上終わったと思うので、あとは気分良く過ごしたい。
ではまた。


全宮古学区対抗駅伝2018

ども。sassyです。
タイトルの通り、先日の日曜は駅伝大会だった。僕も学区代表チームの一員として参加したわけだが・・・あまりにも想定外の内容で、ドキドキバクバクの経験をさせていただくことになった。個人レースのレポートは書き慣れているが、大勢のチームメイトや関係者のいる駅伝となると、どう書いていいやら迷っていたのだが、まぁ書かないでいるほうが気持ち悪いので、とりあえず書いてみようと思う。

宮古島は陸上競技に熱い島である。多分、沖縄県がそうなんだと思う。駅伝大会も多数あり、県内14地区の選抜チームで二日間に渡って走る、沖縄一周駅伝が最高峰。この選抜チームに選ばれることは、非常にに名誉なことなのだ。沖縄版箱根駅伝といった様相である。今回の学区対抗駅伝は、その縮小版的な感じで、宮古島市内14学区で、小学生から一般までのチームを作って競う。男子の部と女子の部があるのだが、うちの学区は女子チームを編成できなかったこともあり、今回は男子の部の話とさせていただく。

チーム編成は、小学生2名、中学生2名、高校生・一般7名。11区間、39kmを走る。ここまで、久松学区が4連覇中。人口も多く、移住者も多く、選手層も厚い。実業団クラスの選手や、エリート高校生を含む。対して我が福嶺学区は、ここ2年ほど欠場。なにせこちらは過疎地で、層が薄い。そして、運営者である学区の「体協」が、うまく機能していないため、選手集めがうまくいかないのである。僕も過去2回ほどこの大会に呼ばれて参加したが、一回目は、「タイムはどうでもいいからね、タスキが最後までつながればいいさ。あとでみんなでお酒飲もうねー」みたいな感じ。実際、そんな感じの結果に終わった。翌年は、チーム編成に必要な人数が集まらず、僕の次の区間で、タスキが止まって終わり。正直、ゴールできないとわかっている大会を走るのは、気が乗らなかった。打ち上げに行く気にもなれなかった。

この学区対抗駅伝、強豪学区が大いに盛り上がっているのは知っていたが、うちの学区は前述の通りで、僕としては蚊帳の外という認識であった。だから今年、体協メンバーが刷新して、「今年からは駅伝も真剣に取り組むから、選手に選ばれたときにはよろしく」と言われたときも、「あ、いいですよー」くらいの軽い気持ちであった。任されるとすれば一般では最短区間の3km。10km以下の距離というのは、トラック競技者の独壇場で、僕は歯が立たないとわかっていたが、ふつうのおっさんとしては速いわけだし、タスキを繋ぐための頭数だし・・・と。

だがしかし。大会が近づき、オーダー表を目にして、その「本気度」がだんだんわかってきた。メンバーには高校駅伝部がズラリ。沖縄本島のエリート高校に在学中の子まで(お父さんの実家がこの福嶺だとか)。エース区間には、東海大学を卒業して元自衛隊の、我が学区最速選手を呼び戻している。最強の布陣だ。そう、実は我が福嶺学区、かつては陸上王国と言われるほどに強豪揃いの学区だったそうだ。だから、真剣に血縁者、地縁者を当たれば、こういうことが可能になるらしい。いつの間にか、業界の前評判は、「今年は久松と福嶺の一騎打ち」と・・・。いやいやいや、待て待て。なんでそんなオールスターズの中に自分が!???もうじき40歳になるおっさんウルトラランナーですよ。ダントツ最年長だし!

公用車もなんか気合入ってる!?

まぁ、、引き受けてしまった以上、走るしかない。依頼した側にも、なにかしら考えがあるのだろう・・・

いよいよ当日、天候は強風&雨。ときどき嵐。

グラウンド端の屋根の下で選手集合&窮屈な開会式・・・w

駅伝の場合、ヨーイドンは一区だけで、その先はいつスタートするかわからない。アップがしにくい。雨だから、タイミングが悪いと、かえって体を冷やす。悩ましいところだが、今回、当学区はサポート体制も手厚く、各地点に1台ずつのサポーター&自動車がついてくれたおかげで、待ち時間を温かい車内ですごせた。ありがたやー。

雨と強風の中、外で待つのは冷える・・・

僕の走る10区は、最後から二番目。二人の高校生の間をつなぐポジション。9区がコーキ。11区がカイト。どちらも近所だし、小学生くらいから知っているが、今となってはスピードでは太刀打ちできない速さになっている。前評判どおりなら、1位でタスキを受け取る可能性もある。そこで僕が抜かれて、差をつけられてしまえば、残りの一区間で挽回できるかどうかわからない。鬼の布陣の久松から1位を守る?恐ろしい。

現場で待機しているとレース展開がほとんどわからない。が、ときおり入ってくる断片的な情報からすると、小中学生が全体の真ん中あたりで繋いだタスキを、高校生たちが一気に上位に持っていったようだ。1区間で5人抜きしたという情報も。シビれるねぇ。実力出しきれずに足がシビれてコケたりしたらどうしよーねぇw 

そしていよいよやってきた。そろそろかと思ってスタンバイした直後、ホントに1位だ。「マエダさん、あとはお願いしますっ!!!」必死の形相のコーキからタスキを受け取って、ついに走り出した。タスキは雨と汗で濡れて、じっとりと重たい。これを、誰にも抜かれずにカイトに渡せば、俺の任務は成功。走り出してしまえば、もう心配事はない。いつもどおりだ。3kmだろうが100kmだろうが、やることは同じ。アスファルトは俺のホーム。

やることは同じ。いつもどおり。

体は最初からほどよく温まっていて、動きも滑らかだ。足の痛みもない(痛み止め飲んだからかもしれないけど)。20mくらい先を行くワゴン車から、ハッチを開けてテレビカメラがこちらを見つめている。斜め後ろでは、サポートの原付から絶えず声がかかる。「いいペースだよー、そのままー、いい感じで走れてるよー」。振り返る余裕も勇気もないが、すぐ後ろに後続が来ている様子はない。おお。。これがトップ選手の見る眺めか!!大勢の選手ではなく、先導車やテレビカメラと走るレース。シビれるねぇ。

ほぼ全力で走り続ける3kmは長い。息が苦しい。右側を、選手たちを乗せた我が学区のワゴンが通過する。コーキが窓から身を乗り出して叫んでいる。「マエダさんにかかってます!!マジでッッ!お願いしますッッ!!!」 いつもマラソン大会で聞く「がんばって!あと少し!」とは応援の質が違うなー。他人事じゃないもんなー。ウン、任しとけ。キミらと同じスピードは出せんけど、オジさんにやれることを120%やるよ。

原付からの声が少し変わり、「もし余裕あったら、もうちょっとだけ、1秒でもいいから上げよう!がんばろう!」と聞こえた。GPSを見ると、いつの間にか失速している。マズイ、苦しいぞ。だが所詮のこり1km程度。気合を入れ直して再加速。なんとかペースを戻せた。前方に中継点が見えてきた。タスキを外し右手に握りしめる。あと100mもないのに、いつまでもそれが近づいてこない。カイトの姿が見える。まだ後続には抜かれていない。なんとか、、なんとか、受け取ったときより少し重くなったタスキを、彼の手に叩きつけるように渡す。あっという間にカイトは走り去り、見えなくなった。

ぶはぁーー!死ぬかと思ったが、任務は成功か!タイムは11分27秒、自己ベスト。あとは、、カイトがやってくれるだろう。2位はすぐには来ていなかった。彼ならきっと逃げ切ってくれる。

他学区のアンカーとして待機中の、FMみやこ先輩が撮ってくれた

その後、回収車との合流ミスなどあって、すこし手間取ったものの、競技場に戻ってみれば、福嶺の優勝が決まっていた。おお。さすが、逃げ切ったな。福嶺学区、なんと44年ぶりの優勝であった。

その夜はもちろん、学区の祝勝会。優勝旗に加えて、区間賞のメダルもズラリ。11区間中、なんと4区間で区間賞。いやはや。うちの高校生たち、速いとは聞いていたが、これほどとは。もちろん、エースも圧巻で、8kmの区間記録を46秒も塗り替えた。すげぇチーム・・・。ちなみに僕は区間9位。ははは。精進します。祝勝会はもちろん大盛況!44年ぶりの快挙に、選手はもちろん、関係者一同大喜び。僕も優勝チームの一員というわけで、ちょっと鼻が高いw 来年も呼んでもらえるといいな。それまでにもっとスピードアップしておこう。

さて、この駅伝で、僕の2018年のレース日程はすべて終わった。
振り返ってみると、
1月

  • 100kmワイドーマラソン 宮古勢1位
  • TOFR 怪我でリタイア
  • 5月 

  • 石垣島60km 総合3位
  • 11月 

  • エコマラソン 怪我の後遺症でリタイア
  • 多良間島マラソン 総合3位
  • 12月

  • 学区対抗駅伝 チーム優勝
  • ふーむ。怪我のリタイアを除けば、すごい優秀みたいな。実際、入賞も果たしたし。。
    が、自力とは言い難い。今回の駅伝はもちろんだが、上位が勝手に潰れたり、不調だったのに偶然、速い選手がいなかったり。2018は他力入賞の年と名付けようw 2019は、自力入賞の年にするのだ。今年はたくさん良い経験ができた。勝負の世界に踏み込めた。しんどい怪我をして、その分の見返りをもらった。駅伝で、デレビカメラを前に走ったのも最高だった。次に目指すは1月のワイドーマラソン。これで自力入賞したらサイコーだろうな♪

    今年は終わったみたいに見えて、実は練習強度はこれからがピーク。年明けとともに強度を落として、調整に入る予定。はい。まだまだ走りますw
    ではまた。


    新兵器?というほどじゃないけど。

    ども。sassyです。
    今日はNEWアイテムの入荷と、それが最高だったというお話w

    せっかくなので前置きから書こうと思う。事のきっかけは、やはり例の足底筋膜炎。アレは僕の心身に尋常ならざるダメージを残していったが(今でも神経痛がしんどい)、怪我の功名と言うべき副産物も多い。そのひとつが、セルフボディケアの習慣である。もともと僕は、ケアが苦手な性分で、ポイント練習の後も、筋肉パンパンのまま放置するのが日常であった。だがまぁ、こうして酷い目にあってみると、わらにもすがる思いで、ケアするのようになるのだな。1ヶ月間、毎日セルフマッサージを続けた結果、おどろくほどふくらはぎは柔らかくなった。走ってみても軽くなった気がする。それならもしかして・・・と思うのが僕の性格で、上半身も1ヶ月くらいで柔らかくできて、さらにパフォーマンスが上がるかも?となるのだw

    問題は、上半身はセルフマッサージが難しいということ。手が届かないから。ちなみに、あまりストレッチに注力する気はない。長くなるので割愛するが、「可動域を広くする」ことに関心がない(ランナーにとっては有害なことすらある)のと、経験上あまり効果が実感できないからである。

    だがこのご時世、マッサージやら健康グッズやらは、思いつく限りのものがすでに商品化されている。そういうのを探すなら・・・ドンキホーテだなw

    おう。これこれ。このトゲトゲが背中のツボをザクザク刺激して・・・。あ、間違えた、コレはモーニングスターといって、鎧の上から敵を撲殺するドンキですな。さすがドンキホーテ。
    (ホントは売ってないですw)

    そうそう、これ。まぁ似たようなもんだけど。
    1000円程度の健康グッズながら、今どきのは実によく設計されている!フレームの硬さや材質から、トゲトゲの長さまで!簡単に背中の凝ってる場所にミートして、グリグリしてれば、首筋まで刺激がビリビリと。うっわー、こんなに固まってたんだ、自分!!って思う。10分位やってみると、なんだか首がいつもより回るようになった気がする。翌日のランニングで、少し体重が減ったように感じる。とっても気持ちいいし、しばらく続けてみようと思う。上半身が柔らかくなって、悪いことはないだろうし♪

    ちなみにこの商品、鬼の恩返しという。これで速くなったら、恩返しの恩返しをしないとな・・・

    ではまた。


    僕の右足と左足は同じじゃない。多分、みんなも。

    ども。sassyです。
    今日は雨の中の60km走。いいペースで走れたし、満足満足♪

    今更・・・という感じなのだが、僕は左足が不器用らしい。利き足が右だから仕方ないのかもしれない。怪我をするのも、決まって左足だ。左足にはろくな事がない。

    そうそう、利き足の判別の仕方を病院で教えてもらったので、ここでお披露目しておこう。まず、リラックスして立ち、少しずつ重心を前に移動していく。上半身だけじゃなくて、全身で。そのうち、直立を維持できなくなって、転ばないように足が勝手に前に出るはず。そのとき、先に出たほうが利き足らしい。簡単なので、試してみていただきたい。

    日々、理想の走り方を求めて、フォームを研究している。ネットや本から情報を収集して、実際に身体で試していく(先日紹介した本は、最高の情報源だった)。わかっていることとできることは雲泥の違いがある。知っていることと、経験したことの違いは計り知れない。セックスを知っているのと、したことがあるのと・・・いや、まぁいいや、それはw

    予備知識なしで、やたらめったらいろいろ試して正しい動きに行き当たるという可能性もあるけれど、それこそ下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというやり方なわけで、左脳を駆使した座学も重要だと僕は思う。というか、座学なんて楽なもんだから、速く走れるようになりたいなら、やって当然じゃない??大変なのは、それを実践、実験して、身体に正しく覚え込ませることなのだ。

    自分の身体の中で起きていることに意識を集中して、問題点を探したり、動きを改善していくのは骨が折れる作業だ。好きなんだけど。なんというか、哲学的作業に似ているようにも思う。瞑想的でもある。月のない夜に、街灯のない小道を歩いているような感じだ。最初はただただ闇があるばかりで、何も見えない。手探りで、転ばないように歩くのが精一杯。だが、そのうちに目が慣れてくると、星明りで物の影が見えるようになる。視覚に頼らなくなり、風の流れを感じるようになり、嗅覚や直感も研ぎ澄まされてくる。そうなれば、闇はそこまで不快ではない。そんなふうにして、走りながら、自分の筋肉や骨が何をしているのかを観察する。

    そしてやっと理解して、了解できた。僕は左足が不器用だ。右足と同じことができない。右足がふわりと着地するのに、左足はバシっという音がする。メトロノームとして使っている音楽のテンポに乗れずに、調子を狂わすのも左足だ。怪我しやすいのは前述したが、その後遺症的神経痛でいつも痛いというおまけつき。やっかいだ。なんとかせねばならぬ。

    それで、もう右足のことは放っておくことにした。僕のパフォーマンスは左足が決める。最小律の原理、足を引っ張るやつが、チームの成績を決めるのだ。だから、全身に配していた意識を、左半身に集中することにしてみた(左足は左側上半身もセットだから)。意識の量(?)を仮に100とすれば、90くらいを左半身に持っていく。左が上手く走れていれば、右は勝手についてくるだろう。そういう意識で60km走ってみた。悪くないと思う。左足でテンポを取れば、全く狂わない。左足で身につけた技術は、右では無意識にできてしまうようだ。これはなかなか有意義な発見だ♪

    不器用な方の足を鍛えれば速くなる。いつか有名な選手になったら、偉そうに言ってみたいw
    ではまた。