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断酒論.02 ~僕がMECをやめた理由~

去年の今頃はMEC食をやっていたのだが、断酒後しばらくしてやめた。

MEC食は、肉、卵、チーズなどのタンパク質を中心に摂り、糖質を極力避けるという食事法。
糖質制限食の一種と言ってもいいと思う。
曰く、糖質は人間の身体に必須の栄養素ではなく、血糖値を乱高下させるだけ。
エネルギーは脂質でまかなえるし、脳に必要なブドウ糖は、脂質の代謝過程で生まれるケトン体で代用できる、という理屈だ。

実際にやってみると、最初の数週間は空腹感に苛まれるが、それに慣れてしまえば平気になる。
脂質、タンパク質はたっぷり食べてよいので、食べること自体はガマンしなくていい。
お酒も、ノンカロリー(一部のビールや蒸留酒など)はOK。
走っていても、低血糖によるハンガーノックを起こさなくなる。
※「糖新生」による筋肉破壊の可能性については不明、要検証※

いいことずくめに思えたMEC食だが、意外なところに落とし穴があった。
「飲まなきゃやってられん」のだ。

アルコールを断ってしばらくして気づいた。
糖質を制限することによる空腹感を紛らすのに、アルコールに頼っていたのだ。
人間の満腹中枢は、糖質にしか反応しない。
肉や卵だけを「もう食べられない」というくらい食べても、満足感がない。
ああ満腹、という幸福感がない。
だがアルコールを摂れば別だ。
アルコールが神経を麻痺させるのは周知の事実であり、おそらく満腹中枢もなんとなく鈍くなるのだろう。
断酒後しばらくの間は、少しずつ糖質を増やしながらも、なんとかMEC食を諦めずにぶらさがっていた。
だがなんとも耐えがたい。
断酒は辛くなかったが、断酒&糖質制限は拷問のようだった。
MECのメリットを苦痛が上回ったと感じたとき、やめることにした。

こういう言い方をすると酒好きの方々は眉をひそめるだろうが、アルコールは紛れもない毒物だ。
(飲むことはもちろん自由だが、有害であることを認識しておいて損はないだろう)
魔法の食事法のように思えたMEC食だが、毒物に頼らなければ続けられないとは!!
MEC食が本当に人間という種にとって正しい食事法だとしたら、満腹中枢の存在は「神様のマチガイ」ということになる。
食べるべきものを食べて満足できないのは自然の摂理に反するではないか。

まぁもちろん、自然の摂理に逆らおうが、毒物薬物に頼ろうが、アスリートとしてのパフォーマンスを高められるのならば一向に構わん、という理屈もアリだ。
人に勝るためには相応の対価が必要なのだ。
それを非難したり揶揄したりする気はない。
ただ一言だけ、禅的ではない、とだけ言っておこう(笑

今はタンパク質を特盛り、ご飯を大盛、という感じの食事をしている。
食事量としては自分の20才前後くらいだろうか。
タンパク質の量だけなら、今の方がかなり多い。
もちろん、同世代の一般人が引くくらいの運動はしている。
体調はすこぶる良い。
パフォーマンスの変化は、来シーズンの結果を待つことにする。


断酒論.01

久しぶりに断酒の話など。

ネタ的に荒れる要素があるので、しばらく話題にするのを控えていたが、僕も断酒してから既に半年。
そろそろ少しは語ってもいいかなー、とか思ったりして。

心から酒を愛している人、断酒、禁酒に興味が無い人、または嫌悪感を感じる人は読まないでください。
多分不快になるから。
でも、自分が酒に溺れていると感じている人、酒で人間関係を損なっていると思う人、禁酒、節酒を守ることができずにコンプレックスになっている人などには、何かしら参考になるかもしれない。

そもそも本当にやめたいのか

「酒をやめたい」と言っている人、本当に、本心から、100%そう思っているのだろうか。
多くの人はNOだ。
「酒をやめたい」と自分や周囲に言うことで、自分を慰めていないか。
迷惑をかけた家族や友人へのアピールにしていないか。
「本当にやめようと思ったよ、でも禁酒はそう簡単なことじゃない。誰でも失敗する。僕だけじゃない」

例えば・・・昨日の飲み会でしこたま飲んで酔いつぶれ、友達とケンカした挙げ句、財布を落として帰った。
今日は家族で出かける予定だったが、二日酔いでおじゃんだ。

red

「青い薬を飲めば、今回の失態はなかったことになる。
君自身もこの失態を忘れ、今まで通りの酒飲み生活に戻れるだろう。
赤い薬を飲めば、もう二度と酒を飲めなくなる。
元の酒飲みに戻ろうと思っても、それはできない」

吐き気と自己嫌悪の真っ最中、こんな選択を迫られたとする。

選択は、どちらの薬を飲むか。それだけ。
誰でもできる、超簡単な完全断酒。
さて、どれだけの人が赤い薬を選ぶだろう??

大抵の酒飲み(特に男性)にとって、酒はなくてはならないものだ。
酒をやめるというのはどういうことか。

一人酒というのは割と単純だ。
それはタバコのようなものだから。
楽しいとき、疲れたとき、美味しい物を食べるとき、理由は何でもいい。
冷蔵庫からビールを一本取り出して、いい気分になる。
それだけだ。
やめるとしても、失うのはその習慣だけだ。

問題は付き合いとしての酒だ。
酒の出る席というのは無数にある。
それどころか、中年以降の男性が、特定の目的(仕事、スポーツ、釣りなど)以外の理由で集まるとき、そこには大抵酒が用意されている。
酒が主な目的である場合も多い。
酒をやめるということは、これらの付き合いの多くを諦めることなのだ。
もちろん飲み会の席で、自分だけ飲まないことは可能だ。
僕もこの半年間そうしてきたし、それは十分可能だ。
でもあまり面白くない。
酔いが回ってろれつが回らなくなり、同じ話を何度も繰り返しながら壊れていく人々をしらふで眺めているのは、気持ちの良い物ではない。
今となっては、自分から進んで参加することはなくなった。
(宿での接客は別。ゲストさんに旅と酒を楽しんでもらうのは僕らの仕事であり、楽しみでもある)
酒をやめれば、酒と共に多くの関係を失うことになる。
みんな、それが怖い。

だが視点を変えれば、酒と一緒に失われる人間関係は、所詮それだけのものなのだ。
ジャンキー(麻薬中毒患者)には、自然とジャンキー仲間ができるという。
ジャンキーの価値観の優先順位は、クスリ、クスリを打つ時間、クスリを認めてくれる恋人、クスリの仲間や売人などが上位を占めるようになるという。
人生で最も大切な物がクスリになってしまうのだ。
アル中でもその傾向は同じだと思う。
アルコールと麻薬の違いは、合法か非合法化か、ゆっくり効くか早く効くか、依存症の進行が速いか遅いかといった、程度の違いしか無い。
普通の人には、なぜジャンキーがジャンキー仲間を大切にするのはどうにも意味がわからない。
むしろ、彼らと手を切らないと社会復帰できないだろうに。
だから酒の場合も、酒をやめた後、酒抜きでも付き合える人間だけが、本当に自分に必要な人たちだったと割り切っていいと思う。
「飲み仲間」に未練を持たないこと。

断酒は難しくない

実際、酒をやめるのは簡単だ。
赤い薬を選ぶだけだ。
断酒は難しいというのは、断酒しない言い訳なのだ。
薬物的禁断症状を抑える具体的な方法はいろいろある。
だが、まずは赤い薬を選ぶこと。
つまり、二度と酒が飲めない未来をリアルに想像し、覚悟を決めること。
それができれば、断酒は半分成功したと言っていいと思う。

僕の場合、スタートから一週間くらいで断酒成功宣言をして、人から笑われたものだ。
「一週間やそこら酒を飲まなかっただけで、何をバカなwww」と。
だが実際、それ以来一度も、酒を飲みたいと思ったことはないし、飲むか飲まないか葛藤したこともない。
やはりあの時すでに成功していたのだ。
気力、根性、精神力で酒をガマンできるのは、半年くらいが限界だと聞いたことがある。
断酒にガマンは不要。
理解と覚悟があれば、ガマンなどせずとも、自然と酒は落ちるのだ。

続きは気が向いたらまた書こうと思う。
ではまた。


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