ども。さっしーです。
気は進まないんだけど、TOFRのレースレポートを一応書こうと思う。
先日UPした投げやりなエントリーを読んだ方はご存知のはずだが、完走できなかったからだ。
完走できなかったのは去年も同様だが、今回は不完全燃焼で投げた。
ひとつわかったことだが、身体と同様、気持ちの方にも回復期間が必要だということ。
ワイドー100kmで使い切った心の方も、回復不十分だったようだ。
「最後の最後まで粘りきってやるぞ!」とは到底思えなかったのだから。
さて、感情論はおいといて、淡々といきましょうw
まずは前夜祭。
明日から始まる超ウルトラの前夜祭は、飲み食べ放題!
オイオイ、コロスキカ!?
浮世離れしたこの業界、世間の常識は通用しないw
前回、レースのために慎重を期して前夜祭は辞退したのだが、少し後悔した。
3日間の付き合いになるメンバーと少しここで交流しておくほうが、この祭りを楽しむには良いと思ったのだ。
レース当日。
先週のワイドー100kmで痛めたふくらはぎの状態は芳しくない。
どのくらいヤバいのかは走ってみないとわからないが、気休め程度にテーピングなど。
5時過ぎから直前説明。
超超長距離のマニアレース!
緊張感と闘気でピリピリと張りつめた空気・・・というわけではないのだ。
なんかほとんど同窓会。
あ、ひさしぶりー、○○大会以来だよね?
みたいな。
競技人口少ないんだよね・・・w
スタート直前、けんけん堂と。
お互い100kmマラソンから中5日、足に爆弾を抱えてのスタート。
だけど、今回は最初からなんとなく、勝てる気がしなかった。
頑丈さでは自分が劣ると思ってたし。
6時にスタート、7時頃空が明るくなってきた。
すでにもうテンションはガタガタ。
一歩一歩が痛い。
まだ一時間しか走ってないのに!!
残り距離が気になって仕方ないのだが、青看板は無情にも「名護(目的地)まで75km」とかを表示している。
14kmあたりのエイドステーションで、「次のエイドまで何キロですか」とか聞いてしまった。
完全に潰れコース。
次のエイドまでは頑張ろう、っていう状態。
少数運営で長距離のこの大会、エイドがあるだけでもありがたい話で、その距離が平均10kmくらいあるのも驚くことではない。
とにかく。残り約70kmを、騙し騙しで走ることになる。
あああ。痛い。
11時頃。
トンネルを抜けたら一気に視界がひらけて、眼下に街が見えた。
おお。
宮古ではないなー、この感じ。
今回のルートは、那覇から東海岸を経由して名護に向かう。
東側は、特に知らないエリアだから、「今、地図上で言うとどのあたりを走っているのか」が、さっぱりわからない。
まぁわからない方が幸せだったかもしれないが。
陸橋の下にある墓地の中に、とんでもなく巨大なお墓が。
思わず写真を撮ってしまった。
写真奥にある「フツーの沖縄の亀甲墓」のひとつが、内地の普通のお墓の10倍くらいの面積を持っている。
この墓はそれの何十倍あるんだ!?
ほとんど古墳だぞ・・・
庭の維持にどのくらいかかるんだ?
固定資産税はいくらかかるんだ???
いやいや。
人の墓の心配してる場合じゃないだろ。
かなり窮地だぞ、おれ。
12時半ごろ。
キャンプハンセン。
なるほど。名前は時々聞くが、ここがそうか。
基地の街らしく、繁華街もやたらとアメリカンだ。
嫌いじゃないんだけどね、この空気感。
デトロイトの留学時代を思い出し、なんか懐かしくもある。
ジャンクフードにバドワイザー。
うんうん。足が痛いね。
街路樹と軍用車両のミスマッチがなんとも。
大きな橋の上から、金武ダムが見えた。
ふむ。
沖縄でもイチゴ狩りというモノがあるのか。
いちごは寒くないとダメだと思ってたから、ちょっと意外。
宜野座村は、タイガースのキャンプ地らしい。
いたるところ、タイガースを歓迎するのぼりや横断幕。
球場は、観客席こそ整備されていないものの、グラウンドは見事。
まさにプロ球団を迎えるに値する感じだ。
・・・宮古も見習ってもらいたいものだ。
せっかくのオリックスキャンプを、設備不良と対応不良でみすみす撤退させてしまって。
まったく。もう足が限界だっつーの。
辺野古は今も新基地反対の座り込みテントが立ち並んでいたが・・・
ほとんど無人だった。
「座り込み抗議1301日」
「土地に杭は打たれても、心に杭は打たれない!」
なるほど。
道を挟んで反対のキャンプシュワーブには、日本と米国が握手する(ようなイメージだったと思う)横断幕。
感情はそれぞれ。
利害はそれぞれ。
手段もそれぞれ・・・
世捨て人の僕はただ見つめるのみ。
ただ走り去るのみ。
長い長い長い上りが終わったと思ったら、果てしない下りに入った。
長い陸橋の両側は、うっそうとしたやんばる。
あー。いいな、あのヘゴの木。
今にも後ろから恐竜でも出てきそうな野性味がいい。
そういえばさんさーらの庭にも植えたけど、育たずに枯れちゃったなぁ。
そういえばおれももう枯れそうだなぁ。
余談だが、(いや、余談ばかりかw)僕はエイドとかでは、話す相手がいればわりと愚痴る方だと思う。
まぁカッコイイことではないと思う。
「勝負の途中で弱気発言などもってのほか!」
という選手がいるのもたしかだし、一面、それは正しいとも思う。
でも、長い長い孤独なレース中、ずっと自分を励まし続けているのだ。
「大丈夫、おれならいける」
「このペースの練習は重ねてきた。あと20kmは大丈夫だ」
「今こそがウルトラの真骨頂だ」
とかなんとか。
エイドで休憩中に、他の選手やボランティアさん(忙しい人は除く)に、
「もう痛過ぎでホントむりっすわ」
「帰ってビール飲んで寝ようかな」
とか弱音を吐くくらい、許してもらってもよい・・・と勝手に思っている。
もちろん、人に失礼や不快感を与えないようには気をつけているが。
そうやって、我慢していた感情を少し吐き出して、また気持ちをリセットして走る。
足はいよいよ痛い。
「痛いときほど柔らかく。しんどいときほどリラックス」
をモットーに、足を潰さぬよう、心を折らぬよう、地道に歩を重ね、なんとか初日約85kmをゴール。
あー。なんとかなった。
明日のことは明日のおれがなんとかするさ。
たぶんなんとかなるさ。
(このときはなんとかなると思っていた)
前回の初日は終盤で胃を潰して、足を潰して、豪雨に打たれて・・・
激しい嘔吐と低体温症の中、足を引きずってギリギリゴールした。
夕食も朝食も何も喉を通らなかった。
低体温からなんとか復帰した後は、呼吸困難で苦しみ、ほとんど寝られずに翌日を迎えた。
そのときを思えば、今回はあきらにマシなコンディションで初日を終えている。
最初はキツい状態でスタートしたが、二日目からは去年より明らかにいい状態で走れるぞ、と思っていた。
だが翌日・・・最初から痛かった左足は、完全に故障のレベルだった。
着地すると膝が折れる。
がんばって走ってみても、最初からキロ9分。
最初のエイドにたどり着くころには、キロ12分ペース。
制限時間はゆるめのこの大会だが、もうどうがんばっても、二日目をゴールするのは無理。
そして、もうどうでもよくなってしまった。
ああ。どうでもよくなってしまった。
だから、書くこともこれ以上ないのだな。
次回のレースレポートは5月の石垣島ウルトラマラソンの予定。
60kmと短めだが、何やら恐ろしくタフなコースのようだ。
また心と身体を一から作り直して勝負してきます☆