2nd stage はこちら

スマホのアラームで夢が中断された。
覚えていないが、気持ちのいい夢だった。
ぼんやりとスマホの画面を眺めると、時刻は4時半。
それですべて思い出した。
自分がこれから戦場に出なければならないことを。
うらめしい気分にはなったが、昨日のようにスタートを迷いはしない。
きっとゴールしてやる。

今日はチェックアウトなので、部屋を散らかして出かけるわけにはいかない。
今日使うものを選び、パッキングし、走る準備を整える。
スタートのムードは昨日と変わらない。
致命的な体調不良で棄権する選手が数名。
多くは辛いね-、痛いねーと話しながらもどこか楽しそう。
ノダ氏は「ヒザが真っ直ぐに伸びなくなっちゃった」と言いながらも走る気満々だ。
「作戦なんて無いよ-、いけるとこまでいくだけさ。半分まで行けないとは思うけど」
まぁ僕も同じだな。
でも最後まで行きたい。

昨日に比べれば体調はずっとよかったが、例の貧血のような症状が怖かったので、ゆっくりゆっくり走り始めた。
やはり、走り出すとすぐに息苦しくなる。
そして次は腹筋が痛い。
痙攣まではしないが、地味に、ねちねちとくる、嫌な痛み。
フォームを整え、腹式呼吸を意識して、少しでも痛みの少ない走り方を探しながらゆっくり進む。

10kmほど進んだ。
往路ではあれほど長かった名護浦湾もすぐに通り過ぎた。
ほんとに人間の体感時間というのは実際の時間とは違うようだ。
今日の距離は68km。
もう1/7も来た!
国道の青看板はすでに「那覇58km」などと言っている。
行けるかも知れない!

だが結局、次の10kmで心も体も折れてしまった。
息が続かない。
いよいよ足が痛い。
やはり3日目となると、少々体調が回復しても、蓄積した疲労が膨大なのか。
このステージをゴールするためには、キロ8.5分くらいがリミットだ。
序盤で多少の貯金があるが、それもほぼ使い切った。
ここから先、キッチリ8.5分ペースで行けるはずはない。
なにしろ今のペースはキロ12分。
それもさらに落ちそうだ。

後ろから、のんびりペースのおじさんが近づいてきて、笑顔で話しかけてきた。
どうやらこのレースを完走した経験もあるらしい。
だが、昨日の2nd stageは完走できず、今日もこのペースなら投げてるに違いない。
そしてなんと、僕と同じ高校を卒業しているようだ。
15年上のセンパイにこんなところで、こんな風に出会うとは!
何にせよ、歩きのお供がいるのはありがたいことだ。
他に歩きの選手が何人かいたが、歩くペースが速く、僕らよりずいぶん先に行ってしまい、そのうち見えなくなってしまった。
センパイは相変わらず僕に合わせているのか、ずっと横にいる。

果てしなく長く思えた歩きの道のり。
コースの半分、34km地点のエイドが見えた。
心身共に限界だ。
今日のゴールはここだな。
最後までいけなかったなぁ。
ノダ氏の姿が見えないってことは、彼は先に進んだんだろうな・・・

僕がアスファルトに座り込んで、スポーツドリンクを片手に打ちのめされているとき、
センパイは軽食を食べながら、オレンジのパーカーを着たエイドのおばさんと楽しそうにしゃべっていた。
それまで何を話していたか聞いていなかったが、突然センパイがおかしなことを言い始めた。
「あれー?ここからキロ6分で走ればさ、ゴールできるはずだよね!?それってカッコよくない!???」
「はいはい、そりゃカッコイイけど、今でも十分カッコイイよ!」
エイドのおばさんも、またこの人はテキトーなことを・・・みたいな感じで受け流している。
はは、、、それができれば苦労しませんよ。
できないから今まで12分ペースで歩いてきたんでしょ。
残り34キロで、制限時間は4時間弱。
半分来るのに6時間かかったところを、疲労を抱えた残り半分を4時間で!
でもまぁそれを口にしただけでもすごい勇気だね。

「よし決めた!俺、やっちゃうよ!」
センパイはリュックサックをおばさんに、よろしく、といって渡すと、颯爽と走り去っていった。
明らかにゴールするつもりの走りだ。
僕はしばらくあっけにとられてその後ろ姿を見ていたが、すぐに見えなくなった。
センパイ・・・マジかよ・・・ここで座り込んでる自分は何て滑稽なんだ・・・
おばさんがクリームパンを持ってきてくれた。
「大丈夫?車に乗る?」
・・・
「わかりません、ちょっと休んで、食べてからもう一度考えますね」
クリームパンを食べて脳に糖が回ったのか、意識がはっきりしてきた。
同時に、自分の中で何かが切れた。
「僕も行きます。あの、これ頼んでもいいですか?」
僕はおばさんにリュックを渡した。
厳密には、荷物をエイドで預けるのはNGだろう。
だがすでに二日目にリタイアして順位の残らない僕には構うまい。
リュックには、お金、飲み物、雨具、スマホ、地図が入っている。
どれも必需品だ。
僕は500円玉を一つだけスパッツに押し込んで走り出した。
もうトボトボ行くのはヤメだ。
どうせリタイアするなら、燃え尽きてやる。
次のエイドまで7km、普段なら完全無補給で当たり前、500円あれば十分!!
例え行き倒れても、ここは国道、人知れず死ぬことはない!

まったく人間の精神は神秘的だ。
ペースは6分半!
ギリギリゴールに間に合うペースだ。
先行していた歩きの選手たちが、びっくりしている。
「大丈夫なの!?」
「もうヤケクソなんですよ!!死ぬつもりで行くことにしました!!」
あっという間に7kmを走りきり、次のエイドにたどり着いた。
足がガクガクして、心臓が口から出てきそうだ。
道の駅の石のベンチに腰を下ろすと、エイドスタッフが炊きだしの沖縄そばを出してくれた。
これはありがたい。
飲み物コーナーにはお茶やスポーツドリンクに混ざって、ビールが冷えている。
そうだ、ここは往路で初めてビールを飲む選手を見て驚いたエイドだ・・・
「よかったらビールもあるからね」
エイドスタッフがニヤニヤしながら言った。
「一本ください!」
もうとっくにヤケクソなのだ。
アルコールにには沈痛作用がある。
もちろん、スポーツには危険な多数の副作用と一緒に。
だが今、そんな常識や良識がなんだろう。

そばを食べ、ビールとお茶を飲み干すと、また走り出した。
次のエイドは17.5km先だ。
無理だ。
でも先の7kmで自分は燃え尽きなかった。
だからまだ進むのだ。
9km走ったらコンビニでこの500円を使って補給をして、エイドまで持たせるのだ。

走り続け、だんだんペースも落ち、6分台は保てなくなった。
もうゴールは無理だろう。
だが・・・・・何て気持ちいいんだ!!
自分にこんな力があったなんて、本当に知らなかった!!
まるで生まれ変わったようだ!!
きっと、これが超ウルトラの世界!
ここの選手たちの生きる世界!
身体は辛くても、笑いがこみ上げてくるようだ。
センパイ、ありがとう。
貴方は最高の置き土産をくれました。

6kmほど走ったところで、喉の渇きがきつくなってきて、コンビニに入った。
スポーツドリンクとサンドイッチを食べ、また走り出す。
残り170円。
11km持たせなければ。
空は晴れ、太陽が照りつける。
3月の沖縄は、日が出ればかなりの暑さになる。
そんな状況すら、なんだかおもしろおかしく思える。

さらに6kmほど走り、自販機で最後の飲み物を買う。
残り10円だ。
のんびり歩いていたら干からびる。
いよいよ身体は動かなくなってくるが、先の「大復活」の経験が勇気をくれる。
信号で止まるときは、日陰を見つけて座り込む。
だが信号が青になれば立ち上がり、横断歩道でスイッチを入れる。
「ワン、ツー、スリー、それっ!!!」
体重を前に乗せ、腕だけ振り出せば、足が動き出す。
身体を信じているから、動き出せる。
すごい、まだ動くんだ、こんなになっても、まだ動くんだ!

そしてついに、17.5kmをワンコインで走り抜き、エイドに到着した。
最終制限時間まで残り20分。
残りの距離は約10km。
3rd stage、完走はできなかったなぁ。
でも気分は最高だ。
最高の経験だった。
きっと次は完走できる。
壁の向こうは見えた。
というか、最初から壁なんてあったのか?

ノダ氏は完走したらしい。
しかも8位、上位に食い込んだ。
恐るべきガッツだ。
センパイも時間内に完走したらしい。
センパイ、貴方は変な人ですが、僕のヒーローです。

こうして大会は幕を下ろし、選手たちは傷ついた身体を引きずって、静かに帰路へ・・・付くはずもなく。
シャワーを浴びたら、向かう先は打ち上げ会場。
貸切の居酒屋で、飲んで食って大騒ぎ。
お店は厨房が追いつかず、ビールサーバーはノンストップ。
挙げ句、退店後は
「シメのステーキ食べに行く人はこっちねーー!」と・・・
最後の最後まで、僕らの常識をひっくり返してくれました。

素晴らしい出会いと素晴らしい経験をありがとう。
また来年、変態レースで会いましょう。
もっと強くなって、また会いましょう。
ありがとう、ありがとう。