4時50分にスマホのアラームが鳴った。
明け方(今も明け方だが)に少し眠れたような気がする。
汗が噴き出したかと思えば突然冷えてきたり、寝返りを打つ度に変なところが痛んだり。
だがとにかく時間だ。
1時間ほどでレースが始まる。
今日の完走はあり得ないだろう。
それでも走り出すのか。
それとも修羅場のことは忘れて、この温かいベッドで今度こそゆっくりと心ゆくまで眠るのか。
・・・決められない。
情けないが、少しでも決断を保留しながら、それでもできる準備はしてみる。
昨日買ったおにぎり、オレンジジュース。
見るだけで吐き気がする。
水は飲めた。
シューズはグショグショだが、予備を用意してある。
昨日の終盤激痛だった股擦れは、寝る前に軟膏を塗ったおかげか、だいぶよくなっている。
足の小指が水ぶくれになっているが、筋肉はおおよそ無事なようだ。
死ぬかと思った動悸と息切れは、とりあえず落ち着いている。
うむ、今致命的なのは、胃か。
いつの間にか、走る準備が整っていた。
ああ。うらめしい。
結局走るのか。
集中治療室のドアを開けたら戦場・・・なんてね・・・
ホテルの前に集まった選手たちは、何かしらの体調不良を訴えながらも、おおよそ笑顔だった。
昨日お腹を壊した選手は、今日は棄権するが明日は走るつもりらしい。
熱中症やら血尿やらを昨日経験した選手もいるようだ。
ノダ氏は傷めているヒザがやはり辛いようだ。
ふふ。なんとかスタートラインに立ててよかった。
そうでなければこの先しばらく、ノダ氏に負い目を感じるところだ。
6時、スタート。
やはりトップレベルの選手を除けば、歩き出すようなスタート。
僕は真っ直ぐ例のコンビニに入ったので、完全に最後尾スタートになった。
買いたかったのはスポーツドリンクとソルマック。
二日酔いのときに飲む、小瓶に入ったアレだ。
症状がほぼ同じだから効くはずだ。
700m走って、300m歩く。
走るといっても、生気無くズルズルと移動しているような感じだ。
700m走って、300m歩く。
それでも何人かの選手を抜いた。
苦しいのは自分だけではない。
7.4kmに最初エイドがあった。
すでに何十キロも走った気分だ。
ノダ氏が何か食べている。
彼も今日は完走できるとは思っていないようで、それでもいけるところまで行くつもりようようだ。
僕もエイドのスタッフに軽食を勧められたが、お断りした。
まだ食べ物をみると吐き気がする。
ふらーふらーと先の見えぬ道へ出発する。
いつの間にか、700m走ることはできなくなった。
例の息切れが戻ってきた。
頭の中がぼーっとして、視界に薄い霧がかかったようだ。
酸欠だろうか?低血糖だろうか?
先に抜いた選手たちが再び僕を抜いていった。
最初から歩き通す作戦だったようだ。
ああ。なるほど。その方が早かったりするんだ・・・
小雨を避けてバス停の屋根の下で寝転んだ。
灰色の空を見上げて、自分は何をやってるんだろうとぼんやり考える。
ああ、わからん。
人生って何なんだろう。
倒れるためだけに歩き続けるのか・・・
何がしたいのかもよくわからないまま再び立ち上がり、とぼとぼ歩く。
オキヤマさんがマイクロバスで近づいてきて、僕の横で減速した。
「マエダさーん、大丈夫?乗っていくかい?」
僕のことは昨日の一件ですっかり覚えてもらったらしいw
「え・・?ああ、大丈夫です。まだいけます」
おいおい、何言ってんだよ、おれ・・・
ここは乗るとこだろーが・・・
「オッケー、じゃあ次のエイドで待ってるから!がんばって!」
ああ・・行ってしまったじゃないか。。。
もう折り返しの辺戸岬にも到着することはないだろう。
いったい自分の今日のゴールはどこなんだ?
どうがんばっても・・・あと10キロか20キロじゃないか?
それまでに回収バスに収容されるはずだろう??
そうか、あと10キロか20キロでゴールなのか。
目標が見えてきた。
回収されるまでがんばろう。
コンビニで初めて食料を買った。
胃薬が効いてきたのか、少し食欲も出てきた。
こういうときは、理屈ではなく、見たときに食欲を感じるものを選ぶことにしている。
本能を信じるというか。
(昨日そうやってカレーを選んだのはかなり微妙だったが)
レンジで作るお茶漬け。
これが旨かった。
久しぶりの食料が身体に染みる。
さあ、歩こう!終わりが来るまで!
次のエイドまで残り2kmぐらいだった。
オキヤマさんが再びマイクロバスで通りかかった。
「マエダさーん、大丈夫~?」
「はい、大丈夫です!とりあえず次のエイドまで行きます!」
「オッケー、じゃあそこで今日は終わりにしようね!だいぶ時間も過ぎてるから」
「わかりました、じゃあエイドで!」
ああ、救われた。
少なくとも僕は自分から投げ出さなかった。
マイクロバスはまっすぐホテルに向かった。
乗っているのは僕だけ。
例の歩き通す作戦の選手たちは、あのエイドからさらに先に進んだようだ。
かなわんなぁ。
道中、オキヤマさんの話をいろいろ聞いたが、ホントにスゴイ選手だ。
もちろん、今回は運営者なのでサポートに徹しているが、それも元々、走ることが死ぬほど好きで、それをみんなと共有したくて企画を始めたらしい。
だから大会の利益もゼロだ。
人としても選手としても、まったく尊敬する。
ホテルに戻り、ゆっくり風呂に入り、コンビニの軽食と、買い足したソルマックを飲む。
夕食はしっかり食べられそうだ。
明日は完走するぞ・・・
そのまま寝落ちしたらしい。
気づいたら何時間か経っていた。
ノダ氏も、僕より10kmくらい先で回収されたらしい。
久しぶりにマトモなものを食べよう、と外食に出た。
語り合うことはだいたい、この大会の選手たちのレベルの高さだ。
60代の選手もいる。
見た目フツーのおばちゃんなんかもいる。
だがそのメンタリティは鋼のようだ。
尖ってはいない。
人を威圧したりもしない。
ただただ、芯が強い。
2人とも二日目にして完走は消えてしまったが、リベンジを誓った。
自分たちの知っていた世界は狭かった。
この選手たちと同じ世界で、もっと自分を試してみたい!
ホテルで洗濯を済ませ、翌日の準備(もうチェックアウトなのだ)を整え、早めにベッドに入った。
レースの前日はたっぷり休めるのが当たり前だと思っていた。
「早めに寝る」がこれほどありがたいことだったとは!!